2012年01月29日

こんぴらさんを拝みに

こんばんは、ことでんです。

先日の部会で、3月に行われる春合宿の開催地が決まりました。
源平合戦の舞台にもなった屋島やオリーブの産地小豆島を擁し、最近はうどん県としても知られる香川県です。

県内を走る「ことでん」は、幼少の頃一度乗車した懐かしさからペンネームにした経緯があり、またとない再訪の機会を大切にしたいと思っています。

ところで、香川県と宮城県には共にマルチプルアーチダム(複数のアーチから構成されたダム)が存在するという共通点があります。
宮城県の大倉ダムは何度も見た事がありますが、香川県の豊稔池ダムは写真でしか見た事がないので、そちらにも足を伸ばしてみたいものです。

今度の合宿に参加する会員は、それぞれどんなルートで現われるのでしょうか。今から楽しみですが、まずは期末考査を乗り切らなければなりません…

2つのダムの写真を見たい方は
大倉ダム
豊稔池ダム
をご覧下さい。(共にWikipediaの当該記事)
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2012年01月26日

城下の停車場

朝里です。年が改まってからは初めての投稿となるでしょうか。

突然ですが、読者の皆様は県南のこの駅に降り立ったことがあるでしょうか。
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写真を見ていただくと、「亘理駅」と書いてあるのがわかると思います。実は私事ですが、1週間に1度この町でボランティアスタッフとして働いているのです。普段は車で向かうのですが、この日は訳があってJRでの移動ということになりました。

ちなみに駅舎の後ろに見える城を模した建物は「悠里館(ゆうりかん)」といい、中には町の図書館や郷土資料館が入っています。
私は鉄道という現代技術と城郭という日本の古代建築という、その一見ミスマッチに感じる景色がたまらなく好きなのです。南東北では小峰城(白河)や霞城公園(山形)などが駅近の城としては有名でしょうか。
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2012年01月23日

老兵は死なず

こんばんは、ことでんです。

今日は、仙台の街から姿を消そうとしているものを紹介します。
それは仙台駅前のバスプールに、16時前に姿を現しました。

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このバスは1993年に製造されて西武バスで使用されていた車両で、宮城交通には2004年にやってきました。
多くの客を短時間で捌くため、降車口を2箇所設けているのが特徴で、「3扉車」などと呼ばれています。

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※昨年12/26に撮影

宮交さんは後扉を締め切り、前・中扉の2箇所のみを使用して運行しています。3扉車以外のバスに合わせた格好になりますね。
ちなみに、締め切られた後扉のステップは埋められ、工具か何かが入っていると思しき箱が置かれています。

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※昨年12/16に撮影

宮城交通には4台の3扉車が西武バスから移籍し、第二の人生を送っていましたが、いまや残るのは写真に写る1台のみだそうです。
平成初期の記憶を宿し、7年にわたり仙台を走ってきた3扉車。その最期が、近づきつつあります…
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2012年01月22日

だるまさん

皆様こん**は、お久しぶりです。先々代会長で3年の羽越です。

しばらくここに投稿していないなー、と思って調べてみたら、最後に私が投稿したのが去年の1月15日。実に一年ぶりの投稿ですね。

一応、鉄道の写真を撮るのが趣味ではあるのですが、最後にまともに鉄道を撮ったのは、これまた去年の5月4日の京急・・・
その後は、飛行機やSuper GTやバスの写真は撮ってはいるのですが、鉄道はちょっとしか撮っていないのです。
このままでは腕が鈍る!ということで、来月は東京方面への出陣が決定!いつも以上に京急をがっちり撮ってきたいと思います。

さてそんな京急ですが、一昨年に旧1000形が全廃されたのに引き続き、車両にうごきが出始めたようです。
そのホットな車両とは、ダルマこと800形。

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この車は、1978年に登場した京急初の界磁チョッパ制御車、右手ワンハンドマスコン採用車であり、京急最後の1両あたり片側4ドアの車でもあります。
基本的には普通列車の運用を受け持ち、快特などの優等列車を素早く退避できるようギア比が加速重視に設定されています(すなわち高速域は伸びません)。

こんな800形ですが、昨年の春過ぎの801編成を皮切りに、803編成と2編成の廃車が発生しています。
それに代わって登場したのは、やはり1000形。これまで8両編成と4両編成しか存在しなかったのですが、廃車された800形は6両編成であるので、同じく6両編成の1000形が2編成、登場したのです。

800形の初期車は、登場からすでに30年以上が経過しているので、これから更に若番より廃車が進んでいくでしょう。
代替の1000形は低速域から高速域まで、非常に加減速性能もよく、また片側3ドアなので現場からすれば使い勝手の良い車両なのでしょうが、やはり「いかにも京急らしい」車両が消えて行くのは悲しいことですね。
(※京急羽田空港線の羽田国際ターミナル駅に、片側3ドアの幅に合わせたホームドアが設置されたため、4扉である800形の空港線入線ができなくなった)

まだまだ全22編成のうち2編成しか廃車が出ていないので、京急線を走る800形は普通に見かけることができますが、今のうちに記録しておきたいものですね。

最後に一応言っておきます。いつも京急のことばかり言ったり、写真を撮ったりしているので神奈川県民と勘違いされますが、私は神奈川県民ではありません!(山形は庄内の出身です)
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2012年01月21日

武屋食堂

こんばんは、ことでんです。
今日は演習の作業を終えた後、同じグループの人と五橋通にある武屋食堂にお昼を食べに行きました。

店内はこぢんまりとしていてお昼時には混み合うのですが、混むだけあって美味しいです。今日は唐揚げと豚汁のセットを頼んだのですが、写真を撮るのは失念しました…

料理が来るのを待っている間、店内を見回すとSLの写真が飾ってありました。車番を見ると、C5819号機…この車両、一昨年の12月に撮影していたのでした。
宮城の保存車両を訪ねて vol.5-6」にC58356号機と共に掲載されているのが、引退後保存されている当該車両です。

お店に飾ってある写真も撮るのを忘れてしまったので、実物はお店に行ってご覧下さい。なおもう一枚SLの写真が飾ってありましたが、車番は読み取れませんでした。
文字ばかりで味気なくなってしまいましたが、思わぬ所で思わぬ発見があるものですね。
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2012年01月17日

ひかりに、こだまに、会いに行こう

 お久しぶりです。乗鞍です。真冬のオリオンいよいよ隆盛を極める今日この頃ですが、読者の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 さて、来る1月21日より、「ALWAYS 三丁目の夕日’64」が公開されます。映画のポスターを見ますと、右下に新幹線が描かれているのに気がついた方も多いと思います。ここに描かれている新幹線0系は、残念ながら現役を引退しておりますが、各地の博物館でその雄姿を見ることができます。そこで今日は、各地の博物館に静態保存されている0系を少しだけ紹介させて頂きます。なお、0系については、昨年うなづき氏が「夢の超特急今昔」で触れていますので、そちらも併せて読んで頂けますと幸いです。

 最初にご紹介するのは、大阪市の「交通科学博物館」に保存されている0系です。

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 この0系、新幹線が開業した1964(昭和39)年当時に活躍していたのもので、中でも筆者が注目したいのは中間のグリーン車です。

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上の写真は、グリーン車のドアを写したものです。ドアの縁が金色になっているのがお分かり頂けるでしょうか。写真からは確認しにくいかもしれませんが、車内のシートも金色とまではいかないものの、黄色を基調としたものになっていて、当時、一等車と呼ばれていたグリーン車の高級感が伝わってきます。

 次にご紹介するのは昨年3月に開館した、名古屋市の「リニア・鉄道館」に保存されている0系です。

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当館では、先頭車の後ろに食堂車が連結されていて、車内も見学できるようになっています。

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 この食堂車、写真右側に通路があるのが分かります。営業開始当初は通路と食堂は壁で仕切られていましたが、食堂の利用客から「富士山が見えない。」という声が多く聞かれたために、窓を設けて食堂からも車窓が楽しめるようにしたそうです。この食堂車のまどから多くの方が、富士山を車窓の友に食事を楽しんだことでしょう。

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2012年01月07日

往時の姿へ

 皆さまこんばんは。むろどうです。寒の入りとなり、寒さが一層厳しくなってまいりました。吾人も最近は専ら居室にて「こたつ番兵」を決め込んでおります。

 さて、一昨日の新聞に東京駅の復原工事を担当している建設会社の広告が掲載されていましたので、今日は東京駅に就いて少し書かせて頂きます。

 現在の東京駅が完成したのは、1914(大正3)年12月14日のことでした。設計は明治大正を代表する建築家、辰野金吾によるもので、現在は2階建てですが当時は3階建てで、駅舎の両サイドはドームが載っていました。この駅舎、関東大震災ではほとんど被害を受けませんでしたが、1945(昭和20)年5月25日の空襲で東京駅は罹災し、その時3階部分は焼け落ちてしまったのだそうです。戦後、ドーム部分は再建される予定でしたが、資金不足等の拠無い事情で八角形の屋根になりました。この屋根「3年もてばいい」と建設されましたが、3年どころか60年以上の長きにわたって東京駅の屋根として機能していたのですから、驚嘆に値することだと吾人は思います。下の写真は2007年に吾人が上京した際に撮影した東京駅中心部です。写真右端に、八角形のドームが見えます。

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 そして現在、戦後撤去された3階部分とドームを復原する工事が着々と進められています。下の写真は昨年7月に吾人が上京した際に撮影した東京駅の様子です。

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駅舎全体は足場で覆われていますが、今まで写真でしか見たことのなかったドームが少しだけ顔をのぞかせています。復原工事は今年の秋に完了するそうです。


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2012年01月01日

年始のご挨拶

皆さまいかがお過ごしですか。ことでんです。国内外問わず激動の年となった2011年も終わり、2012年の幕が開きました。本年も東北大学鉄道研究会、並びに会公式ブログをよろしくお願い致します。

さて、今年の干支は辰ですが、年始めの今日はその辰にまつわるお話しを致しましょう。

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まず見ていただきたいのがこちらの画像。丸の中に龍が描かれていますね。
この龍を見て、あるいは背景のツートンカラーを見て気付いた方は、日頃から仙台の街を歩き、観察なさっているのでしょう。というのもこの龍は、仙台市営バスの車体に描かれているものだからです。

と言っても全車に描かれているわけではなく、霞の目営業所と岡田出張所に所属する車両にのみ、前面と後面に描かれています。
この龍、干支の辰にちなんだもので、市役所から見て大体4時の方向、すなわち辰の方角にあるためなのです。ということは、他の営業所にも同様に十二支の内のどれかが割り振られていることになります。

もっとも、現在は霞の目営業所以外には東仙台(卯)、長町(未)、川内(酉)、実沢(戌)の4営業所しか存在せず、十二支の内5つしかありません。以前は子、午が割り当てられている営業所もありましたが、統廃合や出張所への格下げにより消滅してしまいました。

かくして仙台には今日も十二支のうち五支が街中を行き交います。皆さんも仙台で市バスに乗車する際には、前後の「顔」に注目してみては如何でしょうか。
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2011年12月30日

帝都地下鉄今昔

 いつも当ブログをお読みいただきありがとうございます。うなづきです。暮れも押し迫ってきましたが、読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 さてカレンダーに目を移しますと、本日12月30日は「地下鉄開業記念日」と書いてありました。今日はそのことについて少し書きたいと思います。

 今をさかのぼること84年前、すなわち1927(昭和2)年12月30日、日本、いや東洋初の地下鉄が東京は浅草‐上野間に開業しました。浅草‐上野間と聞いて、ピンと来た読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。そうです。この路線は現在の東京メトロ銀座線の一部となります。

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 上の写真は「地下鉄博物館」に保存展示されている開業当初の車両です。当時の日本の鉄道車両の車体は木造が当たり前でしたが、この車両は地下での火災の危険に対処するため鋼製車体になっていました。それでは中に入ってみましょう。

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 車内の様子は上の写真のようになっていました。よく観察してみると、照明が間接照明になっているのがお分かり頂けるとおもいます。また、吊り手が斜めに見えるのは、使っていない時は窓側にはね上がるようになっているからだそうです。

 この“元祖”地下鉄は開業当日だけで約10万人を輸送したそうで、当時の人々の地下鉄への関心の高さをうかがい知ることが出来ます。

 この地下鉄は、資金難に陥った時には駅名に店名を冠すると約束して、百貨店に出資を依頼するなど、当時としてはかなり斬新な経営手法で少しずつ営業区間を延ばしていき、現在の銀座線の一部となっていきました。
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2011年12月25日

ふとしたクリスマスプレゼント?

皆様こんにちは。京葉快速です。いよいよクリスマスも過ぎ、本格的に年末年始に向けて準備をするころとなりました。

大学は23日より年末年始休暇に入ったため、私は地元埼玉へ帰省することにしました。続きを読む
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