2018年09月16日

2扉転クロ! 115系3000番台

 今回は数ある115系(新製車)の中でも異彩を放つ3000番台についてです。
 115系3000番台は、1982年11月ダイヤ改正を控え、広島地区の増発に向け編成単位を6連→4連に短縮し、同時に老朽化した153系を置き換えるべく登場しました。1982〜1983年の間にクハ21組42両、モハ12ユニット24両の計66両が新製されました。
 従来の115系との違いや特徴は
・前面窓ガラスの支持方式が金属押さえ金
・パンタグラフ(PS16)2基搭載
・117系に準じた2扉車体、転換クロスシート(ドア付近と車端部はロングシート)
・塗屋根で通風器やランボードは201系と同様
・千鳥配置の側面行先表示器                    etc… 

201系などの当時の最新系列に準じたマイナーチェンジが行われたようです。もはや別形式…。
 塗装はクリーム1号を下地に青20号の帯。いわゆる「瀬戸内色」です。帯は塗装工程省力化のため塩化ビニールテープが採用されました。
 配置は全車が下関運転所*でした。1982年度製造分はオール3000番台の4連が6本24両、下関所の111系6連の4連化で捻出したモハと4連を組むクハが15組30両で、前者は冷房車、後者は非冷房(冷房用電源すらない)かつ車齢の高い111系と当面組むことになる*2 ため、冷房準備車*3 とされました。具体的には、屋根の将来クーラーを取り付ける部分を塞ぎ板で塞ぎ、冷房ダクトを設置済み(扇風機併用)としました。翌年には一部編成の冷房化のためモハ6ユニット12両が増備され、オール3000番台12本、混結9本となりました。増備はここでおしまいです。
 ちなみに、新製回送時の編成は、初め3回は冷房準備クハ2両に冷房車4連2本を挟んだ4M6Tの10両編成でした。それ以降は、クハ(3010〜3021、3110〜3121)は115系(4M2T)6両又はクモヤ90形・111系(5M1T)6両を、1983年度製造のモハ(3007〜3012)は115系(2M2T)4両を控車として回送されました。
 その後、JR化までに111系との混結編成についてはモハの115系化*4 とクハの冷改がなされました。余談ですが、広島地区から撤退した111系のクハは網干、大垣を始め各区に転属しました。先頭車不足が深刻だったのでしょうか…。さて、JR化後の1992年には宮原区から117系改造の115系3500番台モハが4ユニット転属し、3000番台クハと編成を組みました。さらに2001年に宮原区の117系300番台から3ユニットが3500番台として転用され、3扉モハに3000番台クハの編成は2編成のみとなりましたが、2015年にその2編成の3000番台クハ4両全てが廃車されたため、2018年現在活躍するのはオール2扉車の編成のみとなっています。下は登場時とJR化直後の編成表です。(国鉄/JR電車編成表より)

2018-09-15 (2).png
 
 塗色は、1993年以降は3000番台を含む編成全てが瀬戸内色から白地にグレーと5色の帯の「広島快速色」へ、さらに2004〜2008年度には30N体質改善工事によって白地に茶色と青帯の「広島更新色」へ変更されました。オリジナルの瀬戸内色はもう拝めないのか…と思いきや瀬戸内色の3扉車と組む3000番台未更新クハが2005年に広島快速色から瀬戸内色に復活。当時の広島地区は塗装がバリエーションに富んでいたんですね。なお、2018年現在は2010年以降の単色化で見事に全編成が末期色濃黄色と化しています。

115右.jpg


115左.jpg

広島更新色(上)と末期色(下)(たこちゅう氏より拝借)

 体質改善工事についてですが、同僚の2000番台などとは違い、座席はほぼ新製(3500番台は改造)当初のままです(トイレ横の座席は撤去)。そのほかは前面窓ガラスの一体化やドアボタン設置など、一般的な30Nの施工内容です。

車内.jpg


ドアボタン.jpg

3500番台体質改善工事車の車内(上)と同番台に設置されたドアボタン(下)(投稿者撮影)

 227系投入によって2016年3月ダイヤ改正より岩国以西に運用範囲が縮小し、今後の動向が注目される3000番台ですが、最後の1両が引退するその時まで、元気に走り続けて欲しいものです。
 末筆ながら、平成30年7月豪雨で被災した地域の復旧と不通路線の再開を願っています。

* 現:下関総合車両所運用研修センター。3000番台は一時期広島運転所に転属したが2018年現在は全車下関所属。
*2 3000番台は111系と混併結可能な設計。
*3 将来容易に冷房化出来るよう準備工事が施行された車両。
*4 非冷房モハと組んだ時期もあったようだが、1987年4月1日時点では全て冷房車となっている。

参考文献
鉄道ピクトリアル1986、vol.36、No.2、通巻No.459(電気車研究会)
        1986、vol.36、No.9、通巻No.469(電気車研究会)
        2009、vol.59、No.7、通巻No.820(電気車研究会)
鉄道ファン1982年12月号(交友社)
国鉄電車編成表‘83年版(ジェー・アール・アール)
       ‘84年版(ジェー・アール・アール)
JR電車編成表‘87年版(ジェー・アール・アール)
      ‘90年冬号(ジェー・アール・アール
      ‘91年夏号(ジェー・アール・アール)
      ‘08年夏号(ジェー・アール・アール)
J-train 2017年秋号 通巻68号(イカロス出版)

posted by TRFC at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | あおば

2018年09月09日

考:仙台地区719系の現状

序論
 初めまして。たこちゅうと申します。
 趣味は撮ることも乗ることもするので一概にこれとは言えませんが、最近は仙台地区でよく写真を撮っています。よろしくお願い致します。
 今回は、最近仙台地区からの撤退が進んでいる719系について書こうと思います。実は私は約15年前に仙台に住んでいたことがあり、仙山線の719系によく乗っていたことは幼少期の良き思い出でした。しかし、現在719系は後継車両の導入により数を減らし、今や細々と活躍するのみになってしまいました。そこで、この記事では仙台地区の719系の現状の活躍について整理してみようと思います。

1.719系の簡単な概要
 719系(0番台)は、老朽化した急行型電車451系・453系の置き換え用として平成元年に登場した。451系・453系から部品を一部流用することでコストを抑えつつ、3扉の車体とすることで仙台地区のラッシュ時の混雑緩和に貢献した。また奥羽本線には、山形新幹線の開業に伴い標準軌用の5000番台が投入された。
 現在の仙台車両センター(以下仙セン)に配置された0番台84両は、登場当初は東北本線や仙山線に投入されたが、後に狭軌時代の奥羽本線福島口や磐越西線、常磐線、更には秋田支社に転属して秋田地区の奥羽本線にも進出する等の活躍を見せる。しかし後継車両であるE721系1000番台の投入に伴い廃車が進み、現在では常磐線、磐越西線と秋田地区の奥羽本線の運用を残すのみとなってしまった。
 次の章では、現在残されている数少ない仙センの719系の運用について述べることとする。

2.仙台地区に現存する719系の運用
 2018年7月現在稼働している仙センの719系は、H-4、H-12、H-15、H-16、H-17、H-19、H-20、H-22、S-27、H-40、H-41編成の計11本22両である。
 2-1.常磐線運用
  2018年7月現在、719系は常磐線の浪江〜原ノ町間を往復する運用がメインである。4両編成で早朝に仙台を出発し、原ノ町と浪江の間を計10往復した後、深夜に仙台に帰ってくるという運用が組まれている。東日本大震災と原発事故の影響により富岡〜浪江間が不通であることから取られている措置だが、全線開通後には同区間の719系の活躍にも何かしらの変化が起こるものと思われる。

 2-2.磐越西線運用
  磐越西線の719系は仙セン所属であるが、会津若松派出所に常駐して4両編成で運用されている。会津若松常駐車は赤べこのラッピングが特徴的な赤と黒の塗装であり、異彩を放っている。現在会津若松にはH-12編成とH-15編成の2本が常駐しているが、時々検査の都合等で通常塗装のH-16編成やH-17編成が代走として磐越西線に現れる時もある。
  また、会津若松常駐車の719系には「フルーティアふくしま」用のS-27編成もある。この編成は車内でスイーツを楽しむことが出来る観光列車として改造されたものであり、土休日には719系で運転される定期列車に連結して6両編成で走行する姿を見ることが出来る。

3.2018年度の仙セン719系の特殊な動き
 3-1.E721系運用の代走
  2018年5月20日午前、仙台駅構内にてE721系1000番台のP4-8編成から発煙があり、午前中の東北本線のダイヤが乱れるというトラブルが起きた。これが原因でP4-8編成はパンタグラフ周りの修理のために運用を離脱せざるを得なかった。このとき、701系の4両編成1本が郡山総合車両センターに入場していたことに加え、E721系の2両編成2本が「相馬野馬追」ラッピングを張り付ける時期にあったことから車両不足が発生し、急遽翌日の5月21日午後から5月26日午前まで719系の4両編成がE721系1000番台の運用を代走する事態となった。この代走にはH-4編成とH-22編成が充当され、主に仙台〜原ノ町間の常磐線の運用を代走した。さらに夜には山下行や新地行として運行する姿も見せた。

CSC_0086.jpg

5/24 246M 太子堂〜南仙台にて


DSC_0104.JPG

5/26 226M 坂元〜新地にて


 3-2.719系陸前山王駅疎開車両の廃車回送
  運用を離脱した719系の一部は廃車待ちの状態となり、陸前山王駅脇の線路に疎開されていたが、順々に廃車回送が施行された。廃車回送は牽引する719系6両の後ろに廃車となる719系2両を繋げた計8両での走行となり、廃車の2両は動力をカットして運転するという興味深い運転形態が取られた。1編成ずつの廃車回送であったことから疎開中の全編成を解体場所である郡山総合車両センターに送るには長期間を要したが、7月11日にH-6編成が廃車回送されたのを最後に、陸前山王駅に疎開されていた719系は全て姿を消すことになった。

CSC_1002.jpg

5/14 9534M 岩沼〜槻木にて


CSC_0188_00001 (3).jpg

7/11 9534M 陸前山王〜岩切にて


(※車両側の列番表示である9533Mは設定ミスによるもので、正しい列番は9534M)

4.終わりに
 ここまで仙台地区における719系の現状を見てきたが、やはり全盛期の姿からは遠くかけ離れたものとなってしまっており、当時の彼らの活躍を知る者としては悲しい限りである。しかし、未だなお活躍を続ける一部の車両たちが出来るだけ長くその使命を全うすることを期待したい。

5.参考文献
 鉄道ピクトリアル1990年4月号(通巻526号) (電気車研究会)
 写真は全て筆者撮影

以上


posted by TRFC at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | あおば

2018年09月02日

大学祭へ向けて。

こんにちは。JKです。

先週の金曜日に集中講義が終わり、いよいよ夏休みです!
他の学生が2か月間羽を伸ばす中、1か月という期間ではありますが、充実したものにしたいです。

さて、東北大学では11月2日〜4日の3日間、大学祭が行われます。
当会も出展させていただきますし、ご当地グルメなども堪能できると思いますのでぜひお越しいただければと思います。

例年、当会では大学祭でのブースにおいて「大学祭あおば」という研究誌を配布しておりましたが、今年は少し趣向を変えて、こちらのブログにて会員の作品を掲載していきたいと思います。大学祭まで毎週末に更新してまいりますのでぜひご覧いただければと思います!

では手(パー)
posted by TRFC at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2018年08月28日

ひまわりを。

こんにちは、お久しぶりです。JKです。
最近は雨で涼しくなったと思ったら急に暑くなったりと気温の寒暖差が激しいですね。皆様もお体ご自愛下さい。

さて、1か月も前の話にはなりますが、テストが終わり、大学のオープンキャンパスでお休みをいただいたので少し南へ旅行してまいりました。旅行といいましてもそう大したものではありませんが・・・。

朝はそこそこに起床し、仙台駅へ。
2018_07_31_20.jpg

何気に常磐線は2011年に亘理まで行って以来かもしれません。

ゆらりゆられて
2018_07_31_23.jpg

山下駅です。
ここは”やました”駅で。町の名前は山元と書いて”やまもと”と読むんですね。
少し気になって調べたら、お隣に坂元と書いて”さかもと”という駅がありました。

何でもこの”山元町”ですが、山下村と坂元村が合併してできたようです。

地名を知るのも面白いですね。

2018_07_31_25.jpg

駅を出て移動します。天候に恵まれて気持ち良く移動できました。

歩くこと1時間弱・・・。
2018_07_31_44.jpg

ひまわり畑に到着しました!
山元ひまわりまつりの最終日でした。

2018_07_31_41.jpg

さすがに最終日ということもあり、だいぶくたびれてはいましたが(笑)

近くの避難丘公園からは海が見えました。
2018_07_31_73.jpg

新しい高架を走る常磐線。
2018_07_31_93.jpg

いつの日かまた常磐線ルートで東京方面が走ることを夢見て結びとさせていただきます。

ありがとうございました。
posted by TRFC at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2018年08月15日

終戦直後の車両たち −8月15日に寄せて−

 こんにちは。カタナです。うんざりするほどの酷暑が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。天気のよい日には列車の撮影に…なんて方も多いでしょうが、くれぐれも熱中症等にはお気をつけください。

 さて、雪ニモ夏ノ暑サニモ負ける貧弱な私。今日も部屋にこもって工作三昧ですが、殊に本日は終戦記念日ということですので、今回は先の大戦およびその後の占領時代にまつわる車両を模型で紹介していきたいと思います。いずれも昭和25〜27年頃という設定です。

IMG_5085.JPG
 まずは戦災復旧客車。これは文字通り、本土空襲等で被災し廃車となった車両の台枠などを再利用して製造された車両です。敗戦後の深刻な資材不足の中、何とか輸送力を確保するための応急的な産物で、まさに戦争の落とし子と言えるでしょう。

 戦災復旧客車には70番台の形式名が与えられ、種車や工場によって様々な形態が存在しました。今回製作したのは、戦災復旧客車の中でも基本形式となるオハ70で、車体長17m級の普通車です。オハ70にもいくつかのタイプが存在しますが、これは31系客車を種車とするグループで、魚腹台枠にその面影をみることができます。その他、2段の側面窓、雨どいの無い屋根、ドア上の水切り等が大きな特徴です。後に全車が荷物車に改造され、スニ75という形式に改められました。

 模型は例によってペーパー自作です。70系客車は全体的にのっぺりした外観をしているので、自作する分にはわりと楽だったりします。ただし資料集めが難儀ですが…。

IMG_4576.JPG
 続いては見た目も涼しげな(?)冷蔵車を2題。

IMG_4560.JPG
 車体に怪しげな英字が書き込まれたこの貨車は、連合軍専用指定のレ2900です。当時、日本を占領下に置いた連合軍は、国鉄に対しても絶対的な力を持っており、軍の輸送に関わる車両や列車を事細かに指定していました。特に冷蔵車は、本国から輸入した食糧を各部隊まで輸送する上で重要であり、一時は全国で600両余りが接収されていたようです。

 側面の表記は、車両ごとの仕様や所属を表すもの。例えば「Freezer Car」の表記は、食肉輸送用に内壁保冷材の強化等が施されたことを示しており、車内温度0℃以下での輸送が可能でした。この他にも、卵や野菜等の輸送に用いられる「Chill Car」や、両者の合造車である「Freezer and Chill Car」などが存在しました。また、これらの冷蔵車は食品が水揚げされる各港に配置が決められており、輸送が終わった後は必ず元の港に返却するよう、「When Empty Return To ○○」という但し書きがなされていました。この車両は横浜港(東横浜駅)所属としてあります。

 模型は古い天賞堂の製品を利用しており、手すりを別体化した上で再塗装、レタリングを施しています。

IMG_4552.JPG
 対してこちらは、連合軍の命令で国鉄が国内輸送向けに製造したレキ1です。日本では戦前から冷蔵車による鮮魚輸送が行われていましたが、輸送単位が小さかったため、先述のレ2900のような2軸車が専ら製造されてきました。しかし、輸送力増強の目的で貨車の大型化を推進していた連合軍は、荷重が従来の2軸車の倍ほどもあるレキ1の製造を指示。国鉄内部の反対意見を押し切り250両が製造されたものの、予想通り国内需要に見合わない過大なサイズが敬遠され、”失敗作”として早々と消滅してしまいました。戦後の混乱に翻弄された、薄幸の貨車です。

 模型は古いTMS誌(1966年7月号)の記事を参考に、ペーパー自作でまとめています。

IMG_4648.JPG
 最後はこれまた物々しい、米軍専用指定のタキ3000。通称「米タン」です。全国各地の連合軍軍基地への燃料輸送に必須であるタンク車は、先述の冷蔵車と同じく専用の車両が指定されていました。しかしそれでもなおタンク車が足りず、国鉄側が初めから米軍専用として製造したのがこのタキ3000です(後に民間向けも多数製造)。連合軍による占領が解かれた後も、引き続き在日米軍向けの燃料輸送に使用されていたため、後年までその姿が見られたようです。当初はご覧の通り細かい表記が多数並んでいましたが、昭和42年に新宿駅で衝突炎上事故が発生して以降は、印象が悪くなったためかシンプルで地味なものに改められています。

 模型はジャンクで購入した古いエンドウの製品を仕様。車体の汚れを落とした上で再塗装し、レタリングを施しました。筒状のタンク体にインレタを転写するのはなかなか骨が折れますが、それだけに完成した際の見栄えは素晴らしいです。

 ちなみに、こうした特殊な表記のインレタは市販されていませんので、私はいつも原稿を作ってこちら→http://www2.bbweb-arena.com/adoma/outlet.htmlの業者さんに特注しています。かなりお手ごろな価格帯ですし、インレタの質も良く貼りやすいので重宝しています。興味のある方はぜひ。

IMG_5199.JPG
 オハ70や木造車が混在した、終戦直後のローカル線…という体で1枚。

 いかがでしたでしょうか?今回取り上げたような車両は、敗戦国日本を象徴する負の遺産…と見ることもできますが、そうした国民感情はともかく、趣味的には大変興味深いものと思っています。戦後73年が経過し、当時の記録および記憶も薄れていく中、こうした模型を通じて当時の空気を少しでも感じていただけたら幸いです。

参考
・鉄道ピクトリアル 2010、vol.60、No.7、通巻No.835(電気車研究会)
・千年の京にありて −鉄道"楽"千紫万紅−(電気車研究会)
・RM LIBRARY 27 「国鉄冷蔵車の歴史(上)」(ネコ・パブリッシング)
・RM LIBRARY 28 「国鉄冷蔵車の歴史(下)」(ネコ・パブリッシング)
・よみがえる貨物列車(学研出版)

posted by TRFC at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2018年07月02日

新歓乗車会の報告byTX

はじめまして、新入生の「Tohoku no KUSemono」、略してTXです。幼少期にプラレールのTXの写真を何かの雑誌で見たきり今までTXには全く乗っておりません。

さて、6月24日、日曜日に行われた新歓乗車会の模様をお届けします。
大まかな流れとしては、
 11:00 山形駅5番ホーム(風っこ車内)集合
 11:10 山形駅発
 11:44 寒河江(さがえ)駅着、徒歩で石持原観光さくらんぼ園へ
 12:45 同到着、さくらんぼ狩り開始
 13:45 さくらんぼ狩り終了、解散
というものです。
この会は「乗車会」と銘打っておりますが、今回我々が「乗車」したのは

粗くした風っこ.jpg

コチラ↑の臨時快速「さくらんぼ風っこ 1号(以下『風っこ』)」でございます。
山形発、寒河江行き。路線は左沢(あてらざわ)線です。(この日まで筆者は左沢を「ひだりさわ」と読んでおり、読みが「あてらざわ」だと知って赤っ恥でした)

車窓としてはこんな感じに・・・ん?この列車・・・

風っこ車内.jpg

_人人人人人人_
> 窓がない <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄

そう、これが風っこの特徴です。我々は風を受けながら、ゆったりと山形から寒河江へと向かいます。

終着駅も近づいてきた頃見えてきたのは最上川。広瀬川にも引けを取らない風情ある光景でございます。

最上川.jpg

さて、そうこうしているうちに寒河江駅に到着いたしました。

チェリン.jpg

コチラ↑のゆるキャラ、チェリン氏がお出迎え。

ここから気温30℃の中40分ほど歩くという苦行の末到着したのは石持原観光さくらんぼ園という観光施設でございます。ここでは樹になるルビィルビー(出典:さくらんぼ園前のノボリ)ことさくらんぼを1時間食べ放題という希有な(?)経験ができます。
さて、さくらんぼ狩りということで、さっそくさくらんぼを食してまいります。

さくらんぼ.jpg

この見た目、まさに樹になるルビー。と感心してはいられません。いただきます。

うわ、ぬるっ

うんまぁい!テーレッテレー

実それぞれ異なる甘さと酸っぱさのバランス。それを味わうのが、さくらんぼ狩りの醍醐味かもしれませんね。逆にぬるいからこそ甘さが引き立つのかも。
そうしてさくらんぼ狩りを続けると思いきや途中で腹の具合が怪しく(食べ過ぎには注意しようね!)&熱中症か何なのかフラフラしてきて駄弁って過ごすこと一時間。

さくらんぼ狩り終了。同時に、新歓乗車会の行程が終了しました。
このあとは各自好みの方法で帰ることとなります。ちなみに私は行き同様徒歩で寒河江駅(下の写真)に戻り、福島回りで帰りました。その記録は後ほど載せたいと思います。

寒河江駅.jpg

という訳で、以上が新歓乗車会の報告でございます。ご閲覧ありがとうございました。


posted by TRFC at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記

2018年06月16日

地下鉄博物館に居た“仙台の”東西線

こんにちは、キマロキです。

所用で東京に行っており、そのついでに 地下鉄博物館 に立ち寄ってきました。

すると、何やら見覚えのあるSilhouetteが…
1160051.jpg
それはまぎれもなく仙台市地下鉄でした(写真左上に注目!)。

同館にて現在公開中の特別展「日本におけるリニアメトロの誕生・紹介展」
大阪の鶴見緑地線(開業当時)にはじまる国内のリニアモーター地下鉄に注目した展示で、仙台市地下鉄東西線もしっかり取り上げられておりました。展示スペースの入口前には仙台市地下鉄2000系のフル編成スケールモデルも展示されていました。

東京にお住まい、あるいはお立ち寄りの皆様、ご覧になってみてはいかがでしょうか?
会場の地下鉄博物館は“東京メトロの”東西線 葛西駅隣接です。
posted by TRFC at 16:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記

2018年04月24日

新歓花見会の開催報告と今後のご案内

こんにちは。キマロキです。

新入生の皆様、新生活・大学生活には慣れてきたでしょうか?
また当会部室も多くの新入生に見学に来ていただいています。ありがとうございます!

さて、当会もスプフェス出展や花見など様々な新歓企画を展開してきました。
今回は、先日行われた新歓花見会の模様をお伝えいたします。


去る4月22日、毎年恒例の新歓花見会が開催されました。
今年の会場は、仙台駅から一時間弱の柴田郡柴田町「船岡城址公園」です。

今年は桜の見頃はとっくに過ぎており、むしろ新緑の美しい“花見”でした…
IMG_9964.jpg

しかし、新入生から上級生、さらにはOBまで入り混じって、鉄道話や旅行話、趣味の話などで学年を超えて盛り上がりました。

IMG_9980.jpgIMG_0217.jpg
山頂からの景色も素晴らしい! この後、東北本線の貨物列車をバックに集合写真も撮りました。

さらに、いざ撤収というタイミングでなんと当会顧問ED75が颯爽と駆け抜けるというサプライズ!
IMG_0249.jpg

上級生を中心に即座に反応して一斉にカメラを構えるシーンもまたシュールでした。
(こういうしょーもないほほえましい伝統も続いていくといいですね…)

最後にもう一丁、鉄道研究会らしく(?)公園内のスロープカーを研究。
IMG_0262.jpg

そんなこんなで、楽しいひとときはあっという間に過ぎていきました。
IMG_0270.jpg


当会の主な新入生向けイベントはこれにて一段落ですが、見学はもちろん今後も大歓迎です。学年も問いません。授業の合間や4限後などに当会部室 サークルG棟G-12号室で会員がお待ちしています(不在の場合はごめんなさい…)
引き続き、当会部室までお気軽にお越しください!

また、正式入会に関するお話も始めますので、興味のある方は会員までご相談ください。

なお新歓のお問い合わせは、ブログのコメント欄やtwitter @aobatrfcでも承ります。
posted by TRFC at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年04月02日

新入生待ってます!&九州に行ってきました!

お久しぶりです。レインボーです。

いよいよ、新年度がスタートしましたね。春からの新生活が始まった方も多いと思います。
皆様いかがお過ごしですか。

S__10174492.jpg
大学病院や医学部・歯学部のある星陵キャンパスでは桜が咲き始めました。ちょうど新入生を歓迎しているようですね。

4月から東北大学の仲間になる新入生の皆さん、まずはご入学おめでとうございます!
入学式を目前に控え、新生活への期待と不安を持っていると思います。僕にもそんなことがあったなぁ…と数年前のことを思い出しています(笑)
キャンパス内で皆さんの姿を見るのが今から楽しみです。

東北大学鉄道研究会は、1年生の全学教育科目の多くが行われる川内北キャンパスに部室があります。
場所は講義棟C棟の東側、サークル棟G棟のG-12号室です。
昼休みや4限終了後の夕方〜夜にかけて会員がいるようにしていますので、お気軽にお越しください!
(地図はこちら:http://aoba-trfc.sakura.ne.jp/contents/access/

新歓情報は当ブログや公式ツイッター(@aobatrfc) にてお知らせしていますので、こちらもぜひチェックをお願いします!


新学期が始まってしまい春休みが恋しいですが、少し僕の春休みをご紹介します。

3月の後半に九州・山陰に弾丸鉄道旅行をしてきました!
今回の目的は、九州エリアで活躍を続けるJR貨物の電気機関車を撮影すること。
特にターゲットは「銀釜」の愛称もあるEF81形303号機の撮影としていました。
帰りには米子を経由して京都鉄道博物館にも訪問しました。
以下、写真を何枚か紹介しますね。

DSC_7663.JPG
筑後船小屋駅付近で撮影したEF81-303。天気が微妙ですが撮影できてよかったです。

DSC_7023.JPG
1枚目の2日前。深夜の博多駅に現れた同機。夜間の銀釜もかっこよさが引き立ちます。

DSC_6916.JPG

DSC_6976.JPG
博多駅で撮影したEF812種。500番台501号機と700番台717号機です。いろんなバリエーションがあって楽しいですね。

DSC_7428.JPG
小倉駅で撮影したEF81-453。上の500番台と似ていますがジャンパ栓などで細かい差がある450番台です。
ヘッドライトが特徴的な451,452号機には会えなかったので今後のターゲットですね(笑)

DSC_8062.JPG
門司港駅で見かけた「ななつ星in九州」。艶やかなボディに高級感が漂っていました。

DSC_8238.JPG
九州を出て山陰へ。倉吉駅から「スーパーはくと」に乗ります。

DSC_8327.JPG
京都鉄道博物館へ。展示車両の500系が期間限定で「500 TYPE EVA」ラッピングになっていたのがお目当てでした。
特別企画展も見ごたえありで満足でした。


さてさて、上にも書きましたが新入生の皆さんとお会いできるのを楽しみにしています!
川内北キャンパス サークル仮棟G-12号室でお待ちしています!

最後までお読みいただきありがとうございました。
posted by TRFC at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2018年03月26日

ピレネーの国境駅を訪ねて〜続編〜

こんにちは。かがやきです。前回の記事で紹介したピレネー山脈沿いの駅、カンフラン駅舎の見学ツアーに参加したのでその様子を伝えていきたいと思います。

IMG_3372.JPG

現地の観光当局が駅舎中央部の見学ツアーを1日2回ほど行っています。
事前に観光局のホームページhttp://www.canfranc.es/agenda_ficha.php?id_fich=695 より駅舎の見学ツアーの予約をしておいたので、当日は駅前でツアーの時間まで待っていました。


IMG_3423.JPG
駅前にはこのような標識も。フランス側にはもう線路がないと思うと、より一層哀愁が漂います…。

ツアーはスペイン語で行われるのでガイドさんの説明は私には理解できない内容でした。ただ、事前に英語のオーディオガイドは予約することができました。

DSC04894.JPG
往時は地下道でホームと駅舎が繋がっていたようで、地下からドームに向かいます。

DSC04917.JPG
どうやらドームの中は修繕が進んでいるようで綺麗でした。この空間は当時税関として使われていたようです。壁には税関らしくフランスとスペインの国章でしょうか?レリーフが復元されていました。

DSC04903.JPG
こっちがフランスです。

DSC04908.JPG
こっちがスペインです。


DSC04900.JPG
ドームの中からピレネーの山々を眺めます。駅舎には総数365個の窓が配置されており、各窓が365日それぞれの意味を持つとのこと。

DSC04902.JPG
床にも文様が施されています。

床といい窓といい随所にこだわりがあり、この駅がいかに重要な場所であったかがわかります。
続いてドームの外に出ました。
DSC04885.JPG
まさに国境駅らしい堂々とした雰囲気です。

DSC05014.JPG
ドームの屋根にはCANFRANCの文字が彫られています。

ガイドによると、駅舎を2020年に観光ホテル化する計画が持ち上がっているようです。このまま廃墟と化していくよりは素晴らしい駅舎を有効活用してもらいたいと願います。


さて、ガイドを終えた後再び駅の周りをブラブラ歩きます。
IMG_3446.JPG
線路は撤去されているものの、架線柱は撤去されずに残っており、何とも言えない違和感を与えます。

DSC04939.JPG
フランス側に数百メートル歩くと国境トンネルの跡がありました。
SOMPORTトンネルと呼ばれるトンネルのようで、このトンネルの向こう側はフランスらしいです。

DSC04943.JPG
トンネルにはスペインの国章が彫られており国境トンネルの威厳を感じられます。中は封鎖されていました。

トンネルを巡った後は駅前の店で休憩をして、夕方のサラゴサ行きの列車でサラゴサ市内に戻りました。歴史に翻弄された駅の現在の姿は痛々しいものがありましたが、威容はまさに国境駅のそれでした。

DSC05106.JPG
サラゴサを後にして続いて向かったのはバルセロナ。バルセロナに向かう新幹線、AVEの行先はフランス・マルセイユ。国境の表街道を突っ走る列車です。

今回のイベリア周遊ではバルセロナの建物や各地方のカテドラルなど、世界遺産として注目される建物も数多く訪れましたが、雲一つない青空のもと、佇むこの駅舎にはそれらの建物とは違った魅力を感じました。拙文でしたが最後までお読みいただきありがとうございました。
タグ:かがやき
posted by TRFC at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記