2013年04月11日

宮城の電力施設を巡る(2)

みなさんこんばんは、ガイシです。新入生の方が続々と部室に訪れてくださり、当会はいつになく華やいでおります。


今回は八木山変電所で名前が出てきた土樋線の終点である、土樋変電所を紹介します。
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 この変電所では前回建物の中にあって見えなかった機器群を直接見ることができます。

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 右にある機器は遮断機と言い、スイッチの役割を果たします。大電力を扱うスイッチなので、入り切りの際に生じるアーク放電を消すために特殊なガスが封入されてます。

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 これは変電所の中心部となる変圧器です。内部には鉄芯とコイルがあり、絶縁と放熱のための油で満たされています。左右についているのが放熱器で、熱を持った油はここで冷やされます。


 土樋変電所には普通の配電変電所と異なる特徴があります。すぐ隣にある仙台市地下鉄に電力を供給している地下鉄土樋変電所に電力を供給しているのです。

 
 駐車場を挟んで佇むこの瀟洒な外観の建物が、仙台市地下鉄土樋変電所です。

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 この変電所には交流を直流に変える設備があります。これは配電変電所にはない特徴的な設備です。簡単に言えば、電子機器に使われるACアダプターの親玉です。一般家庭に供給される電力は交流といって一定時間で電流の向きが逆になるという性質があります。それに対して地下鉄に供給される電力は直流と言って、電流の向きが一定なのです。
 直流で電化すると、制御回路が比較的単純になるので車両を安く製作することができます。また地下鉄においては車体と架線の間をあまり空けずに済み、トンネル断面を小さくすることができるという利点もあるでしょう。
 おそらく地下鉄土樋変電所は東北電力土樋変電所から交流50Hz・6600Vの供給を受け、直流1500Vに変換していると思われます。

 さらにこの東北電力土樋変電所には特別な歴史があります。実はこの変電所、火力発電所の跡地にあるのです。その名も「仙台市営電気事業 土樋火力発電所」です。

 明治時代、仙台市は上下水道の開発に力を入れていました。これ関連して、仙台市は「水道の水源をうまく使って電気事業を行えば、儲かるのではないか」と思いついたのです。そして安い電気料金と事業の収入で仙台市の会計を助けるために、明治43年9月仙台電力株式会社と宮城紡績電灯株式会社に設備買収をもちかけました。
 仙台市は明治44年6月仙台電力と契約し、同年7月1日電気事業を開始します。翌年12月には宮城紡績電灯も買収し、大倉(現在の大倉発電所とは異なる)・大堀・碁石川・三居沢の水力発電所を所有することになりました。そして大正15年12月24日、土樋火力発電所が竣工。最初は出力1000kWで計画されていましたが、2000kW へと計画が変更されました。昭和4年ごろの地図を見ると、現在の場所に発電・変電所の地図記号と、煙突の地図記号が確認できます。

 順調に経営を行い、仙台市の財政に貢献するという当初の目的を果たすことができた市営電気事業ですが、昭和16年公布の配電統制令に基づき新たに設立される東北配電株式会社の設立に参加することになりました。そして昭和17年4月、市営電車部門を除く電気事業設備を出資して電気事業は終焉を迎えました。土樋火力発電所の設備は昭和16年に北支那開発関係機関へと徴用され、廃止されています。

 この史実をふまえてもう一度土樋変電所の周囲を見ると、扉が付けられ塞がれた通路や脇の水路に架かる不可思議な橋の造形に、古い建造物独特の雰囲気が感じられます。

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 街中に埋もれがちな小さい変電所にも、意外な歴史が隠れているのです。
posted by TRFC at 21:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記
この記事へのコメント
土樋変電所関係 旧火力発電所跡地記事内容についてご連絡下さい
Posted by 赤間勝己 at 2018年11月26日 20:18
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