2017年06月15日

6月の北陸へ(後編)

 みなさんこんにちは、卒業に必要な単位は卒研以外すべて取ったのに院試のため再び材料力学の教科書と格闘しているキハ52です。
 後編行きます。

6月11日
羽咋<特急能登かがり火2号>津幡<IRいしかわ鉄道>金沢<IRいしかわ、あいの風とやま鉄道>高岡<城端線>城端<城端線>新高岡<快速べるもんた3号>氷見<徒歩>ひみ番屋街<加越能バス>氷見駅<氷見線>能町<徒歩>新能町<万葉線>越ノ潟<万葉線>高岡駅

6月12日
高岡<城端線>新高岡<北陸新幹線かがやき536号>大宮<こまち9号>仙台<仙山線>東北福祉大前

 羽咋駅周辺に朝食を取れそうなところがなかったので、早めに宿を出て金沢に向かうことにしました。ただ向かうのもつまらないので、津幡まで特急能登かがり火に乗車することにしました。この時間の特急は、和倉温泉との連絡特急というよりは沿線から金沢に向かう人々のためのライナー的な役割になっているようで、休日だったこともあってか、3連にも関わらず車内はガラガラでした。ちなみに、能登かがり火には、サンダーバード用の車両かしらさぎ用の車両が入ります。私が乗ったのは、しらさぎの増結用編成の681系だったようです。
IMG_6924.jpg
特急能登かがり火2号。


 この特急は先行する金沢行を津幡で追い抜くので、津幡で降りてそちらの普通列車に乗り換えます。そのまま金沢まで行かなかったのは、415系800番台に乗りたかったというのもありますが、津幡〜金沢はIRいしかわ鉄道なので、IR分の特急料金が加算されてしまうため、というのが一番の理由です。なお、津幡に停まる能登かがり火は一部だけなので、ご利用の際はご注意ください。
 金沢で朝食をとり、IRいしかわ鉄道ICOCAを入手。

IMG_6948.jpg


 ここから泊行きに乗車し、倶利伽羅峠を越えて石川県とはおさらば。次の石動からは富山県です。
 ちなみに、七尾線には「高松」、あいの風とやま鉄道(北陸本線)には「福岡」という駅があります。しかしここは九州で四国でもなく北陸です。

IMG_6925.jpg
IMG_6949.jpg


 高岡から、城端線で一度城端へ。観光案内所が開いていたので、そこでお土産を購入。ついでに、駅前で昼食を、と思ったのですが、駅前の定食屋(?)がやっておらず、コンビニでおにぎりサイズのますのすしを買って昼食としました。それにしても、小型サイズとはいえコンビニでもますのすしが手に入るとはさすが富山…。
 城端線で新高岡まで戻り、ついに本日のメイン、べるもんたに乗車。新高岡駅は棒線駅である関係からか長時間停車と折り返し運転ができないため、一度砺波まで回送してから発車時刻間際に入線します。10時打ちして一番いい席を取ったのですが、進行方向に向かって真横を向いているため違和感がありました。(普段ロングシートにはあまり座らないので…)

 高岡駅で、城端線の2番ホームから、氷見線の7番ホームまで入換えを行います。高岡駅の配線では、城端線と氷見線の線路は直接はつながっておらず、スイッチバックをしてあいの風とやま鉄道の線路を横断する必要があります。なお、線路が直接つながっていない理由は、城端線、氷見線ともに、高岡駅を出るとすぐに急カーブを描いて北陸本線の線路から離れていく線形になっているからだと思われます。また、北陸本線があいの風とやま鉄道となった現在では、会社間の事情も加わった…気がします。なお、車内アナウンスでは、「入換え時に揺れるので危険なため」と説明がありました。…京急「」

IMG_6978.jpg


 高岡からの乗客を拾ったべるもんたは、氷見を目指して走ります。能町と伏木の間にあるリサイクル工場で放置プレイされている食パン419系を眺め、伏木を出てしばらくすると、海が見えてきます。まずは、越中国分駅を通過する頃、海の向こうに射水市の新湊大橋が見えます。
IMG_4966.jpg
※見づらいですが右奥のほうの白い吊り橋っぽいやつです。右端の白いやつではありません。


 この日は6月にもかかわらず、快晴。立山連峰もよく見えました。雨晴海岸付近で一時停止し、撮影タイム。新歓乗車会に行かれた方々は今頃BRTに乗っている頃でしょうか…。

IMG_6980.jpg


 氷見線は雨晴を過ぎると、線路と海の間に防風林があるため、海はほとんど見えなくなります。そのまま次の島尾を通過し、終点の氷見へ。氷見線内は30分と、とても短い乗車時間です。正直なことを言うと、城端から氷見まで直通してほしいんですが無理ですかね…。
 降りる前にちょっと車内を撮影しました。車内には、昨日行った井波名物、井波彫刻が装飾として施されています。なお、この井波彫刻、伝統工芸品であることもあり高価なため、車内の彫刻はすべてガラスで覆われています。

IMG_6984.jpg
べるもんた車内の井波彫刻。モデルは南砺市の五箇山か。


 氷見で折り返すのに時間があったので、ひみ番屋街まで歩くことに。番屋街で少し海を眺めた後、バスで氷見駅まで戻りました。
 氷見駅には、腕木式信号機が保存されていました。
IMG_6996.jpg


 高岡行きの列車に乗り、途中の能町で下車します。この駅は貨物線との分岐駅になっています。駅を出て少ししたころ、踏切が鳴りだしたので線路際で待っていると、DE10牽引の貨物列車(空コキ※)がやって来ました。

※空コキ:コンテナを1個も積んでいないコンテナ貨物列車の俗称。「コキ」はコンテナを載せる貨車の記号のこと。

 さて、この駅で降りた理由は、万葉線の新能町停留所と徒歩連絡できるため。徒歩5分ほどです。
 万葉線に乗り、越ノ潟へ。先程べるもんたの車窓から見えた新湊大橋の真下まで行きます。乗車した列車のアナウンスがなんか落語家の話し方っぽい、と思ったら、本当に落語家の立川志の輔師匠がアナウンス(※生ではなく録音)していました。
 終点の越ノ潟で下車し、新湊大橋を渡ります。丁度夕方だったので、橋の向こうの夕陽と絡めて写真を何枚か撮りました。

IMG_7009.jpg
新湊大橋。べるもんたから見えた白い橋がこれです。


 新湊大橋は上層部が一般道(レインボーブリッジや明石海峡大橋、しまなみ海道、瀬戸大橋のイメージがあると高速道路になっていると思いがちですが、ここは一般道であり、しかも国道ですらありません)、下が「あいの風プロムナード」という歩道になっています。ここを通って、歩いて対岸まで渡れるわけです。ただ、距離が480mあるので意外と時間がかかります。あおば通駅から仙台駅ぐらいの距離ですかね。
 帰りはなんとなく、富山県営渡船に乗船しました。

IMG_7029.jpg

 富山県営渡船は現代では珍しくなった「渡し舟」で、越ノ潟で万葉線と接続しています。しかも、運賃は無料。所要時間は5分ほどです。船内からは、「海の上から新湊大橋と夕陽を撮る」ということができました。

IMG_7031.jpg


 越ノ潟に着いたのですぐ万葉線に、と行きたいところですが、次の列車が途中の米島口行きで、米島口で入庫するためそこからの接続がないことが判明。せっかく来たドラえもんトラムを見送って、15分後の列車に乗りました。途中で吊り掛けの旧型車とすれ違い、高岡駅に到着。駅前で夕食をとって、歩いて広小路電停まで引き返し、すれ違った旧型車が来るのを待ちました。吊り掛けの音を聞きながら、高岡駅まで戻りました。

IMG_7064.jpg


 なおこの車両、両替機が古いのか特殊な仕様らしく、両替は乗務員に申し出てやってもらう必要があります。(一応写真は撮りましたが、運転台がいろいろ写っていたこと、構造が見てもよくわからないことからここでは公開いたしません。ご了承ください)

 宿入りし、翌朝。宿を出て、コンビニでチェックアウトし、高岡駅で朝食のサンドイッチと牛乳を買って、城端線で新高岡駅まで移動し、新幹線を待っていたのですが、衝動的にますのすしを買ってしまいました。
た。
 乗車したのは、北陸新幹線かがやき536号。ここは新高岡駅です。え?と思った方、いますよね?

IMG_7080.jpg


 かがやきの停車駅は通常、金沢、富山、長野、大宮、(上野)、東京ですが、1日に1往復だけ、新高岡に停車するかがやきがあるんです(富山から先の停車駅は他のかがやきと同じです)。時刻表では臨時列車扱いですが、毎日運転されています。
 時速260km/hで北陸とお別れです。糸魚川を過ぎると一気に内陸に入り、上越妙高からJR東日本の管轄になります。中央高地を降りて群馬県へ。高崎で上越新幹線と合流し、大宮で下車しました。なおこの列車、大宮駅では15番線に入りました。相変わらず混雑の差が激しいつばさとやまびこを見送った後、乗車するはやぶさ・こまちがやって来ました。「やまびこ・つばさ」はやまびこがガラガラでつばさがかなり混んでいるのに対し、はやぶさ・こまちは逆で、はやぶさのほうが混んでいて、こまちのほうが若干空いているという感じです。それでも、仙台までノンストップということもあって、ガラガラというわけではないです。
 いつもはガラガラのやまびこに乗るのですが、事情によりこまちに乗車しました。
 時速320km/hで現実に引き戻されます。仙台から仙山線で自宅最寄りの東北福祉大前へ。いったん帰宅し、昼食をとってすぐに研究室に向かいました。
 
 かくして、時速320km/hで引き戻された現実とは…

 ………午後からゼミ。


\ドーーーーーーーン!!/
IMG_6988.jpg


………何だこのオチ。
―終―


posted by TRFC at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年06月10日

路面電車の日に、仙台市電を思う。

こんにちは、レインボーです。

本日、6月10日は何の日か、皆さんご存知ですか?

今日は「路面電車の日」だそうです!

6=ろ(路面)、10=テン(電車)の語呂合わせによって1995年に制定されたそうです。
面白いですね。

現在でも札幌・広島・長崎などの都市で路面電車は運行され、それぞれの地域で住民の欠かせない交通手段となっています。

しかし、過去に遡ると、もっと多くの都市で路面電車は活躍していました。
自動車による交通が発展していくにつれて、次第に数が減っていきました。

仙台もそんな都市の1つです。

仙台市電は、1926(大正15)年に開業し、次第に路線を拡大していきました。
市内中心部の循環線と長町駅前、八幡神社前、北仙台駅前、原町駅前などへの路線が運行され、仙台市内の交通手段として活躍しました。
昭和30年代が最盛期と言われ、89両もの車両で一日平均10万人もの乗客を運んだと言われています。
しかし、モータリゼーションの到来により、次第に利用者は遠のき、ついに1976(昭和51)年にその役目を終えました。


市電が往来していた当時の仙台はどんな街だったのでしょうか?
市電の歴史に思いを馳せることのできる場所をご紹介します!

まず、仙台市電のことといえばここ、「仙台市電保存館」です!

DSC_7691.JPG

開業当時の1号車を初め、3両もの車両が展示されている他、仙台市電にまつわる様々な資料が展示されています。

DSC_7680.JPG
こちらが開業当時に活躍していた1号車。レトロな感じがいいですね。


DSC_7693.JPG
これは台車部分ですね。普段は車体の下に収まっていて見えない部分の構造がよく見えて、勉強になります。


DSC_7707.JPG
二階部分からは車両の屋根を観察できます。Z型パンタグラフ、迫力がありますね。

415号車は車内の見学もできました。
DSC_7698.JPG
当時の人たちはこの窓に映る仙台の町並みをどのように眺めていたのか、想像してみるのも面白いですね。


「仙台市電保存館」は富沢の地下鉄南北線の車両基地内にあります。
入場無料で様々な展示を見ることができますので、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか?

詳しくは公式サイトhttps://www.kotsu.city.sendai.jp/shiden/ をご確認ください。


市中心部でも、仙台市電の面影を見ることができるスポットがあります。
それがこちら、

DSC_4318.JPG

仙台市バスの「交通局東北大学病院前」バス停に併設されている、市バスの駐車場です。

えっ…市電の話をしていたのに、いきなりバス…?と思った方もいらっしゃると思います。

実はこの場所、その昔は仙台市電の車庫だったんです!
「北二番町車庫」と呼ばれ、市電車両の整備などを行っていたそうです。

DSC_4324.JPG

かつての市電が整備を受け、出発していった場所から、現在では各方面への市バスが次々と発車していきます。
時代は変われど、共通の使命を持った二者(二車?)が同じ場所を使っているというのは興味深く思います。


最後にご紹介するのはこちら、「るーぷる仙台」の100号車です!

IMG_0012.JPG
(画像提供 青ガエル氏)

これは仙台市の観光循環バス「るーぷる仙台」用の車両のうち、2017年に導入された一台です。
なんとこのバス、仙台市電と同じカラーリングを採用しているのです!
(1枚目の写真の2両と同じ塗装ですよね!)

レトロな塗装で人気の「るーぷる仙台」ですが、まさかこんな形で仙台市電カラーが復刻されるとは思ってもいませんでした。

fullsizeoutput_1da.jpeg
(画像提供 ふたば氏)


なお、この塗装は「るーぷる仙台」用の車両のうち1台だけです。
狙ってみにいくのはなかなか難しいですが、往年の仙台市電のように市内を走行する姿を見てみたいものですね!


以上、「路面電車の日」に合わせて仙台市電をご紹介しました!

最後までお読みいただきありがとうございました。


参考
仙台市交通局「仙台市電博物館」ホームページ:https://www.kotsu.city.sendai.jp/shiden/
posted by TRFC at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年05月10日

初ツーリング

こんにちは。仙石です。
先日、自動二輪を購入してから5月初めのゴールデンウィークに青森まで初ツーリングに行ってきました。
購入したのはヤマハYZF-R25です。納車当日、手始めに当会内での超人気スポットである定義に行き
その2日後に青森までのツーリングをしてきました。2輪購入後の財布には高速代が大きすぎたため、高速道路は行きの泉PAスマートICから一関までのみ東北自動車道を利用しました。
青森到着2日目、思い立って竜飛岬へ。その途中で北海道新幹線の「奥津軽今別駅」や「青函トンネル入口」などの鉄スポットにも寄り道をし、目的地の竜飛岬に到着後、名物「歌う歌謡碑」や階段国道を見物し、青森で寝泊まりしているところへの帰路に着きました。P1120109.JPGP1120150.JPGその数日後、十和田湖畔一周と称して十和田湖を一周してきました。その道中の国道102号線では雪がまだ残っており、愛車の写真を撮るチャンスとばかりに写真を何枚かパチリ。P1120213.JPG
かっこよく撮れたとニヤニヤしていました。その2日後、青森から4号線をずっと南下して仙台へ。4号線はよく整備されていてとても走りやすかったです。燃費も満タン法でおよそ32km/l、メーター上でおよそ33km/lとなかなかの好成績をおさめることができました。
以上、拙い文書でしたが青森へのツーリング記録でした。お付き合いいただきありがとうございました。
posted by TRFC at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年05月09日

GWプラレールイベント参加報告!(後編:北本・Koboスタ)

こんにちは、レインボーです。

GW明け最初の一週間!皆さんはいかがお過ごしですか?

さて、前回のブログ→http://aoba-trfc.sblo.jp/article/179673015.html の続きを書いて元気を出しましょう。
プラレールの話題満載です。

5/6には「第4回北本でんしゃ広場」にお邪魔しました。
こちらは埼玉県北本市の児童館で行われる展示で、利用するたくさんの子供たちが見に来ていました。

スペースいっぱいに留置線が設置され、たくさんのカスタム車両が並べらていました。どれもすごいですね…

IMG_0006.JPG

中央にはタワーと、トミカタウンが配置されています。
駅と合わせて、街が広がっている様子がリアルですね。

IMG_0005.JPG

また、レイアウト上には部分的に情景付きのモジュールが組み込まれています。ここを車両が走り抜ける様子もかっこいいです。

IMG_0010.JPG

砂川さんをはじめ、開催に尽力された「JOIN-T」の皆さん、お疲れ様でした!

ちなみにポスターがすごくかっこいいデザインなのでご紹介させていただきます↓

IMG_0007.JPG



さてGW最終日、5/7には私も仙台に帰ってきて、さらにもう一つのイベントにお邪魔しました。

向かったのは楽天Koboスタジアム。野球好きの会員たちがよく行くという話は聞くのですが、自分は初めて中に入りました。
(お隣の仙台貨物ターミナル駅には何度か行っているのですがね)

5/7までのGW企画として「どきどき!わくわく!鉄道ミュージアム」が開催されていました。

DSC_4305.JPG

ドーム状のテントが会場でした。

中に入ると「一畳プラレール」のぺたぞうさんたちの立体プラレールが目を引きます。

DSC_4300.JPG

大鉄橋を階段状に配置する「ひな壇」も配置されていました。美しいですね。

地下レールを長く繋げて、その下をくぐり抜けられるようになっていました。親子連れに大人気です。

DSC_4267.JPG

プラレール以外にも、Nゲージの運転体験や、

DSC_4296.JPG

仙台市電に関する資料展示などが行われていました。

DSC_4289.JPG

それにしてもやはり高さのあるプラレールレイアウトは魅力的ですね。
ここのところ準備時間の都合とか言ってあまり高さのあるプラレールレイアウトを組んでいないような気がします…(言い訳)

GW中には様々な方のプラレール展示にお邪魔し、いろいろな刺激を受けました。
今後の自分たちの展示の参考にしようと思っています。

これで、GWのイベント紹介記事を終わりにします。
前編・後編と長文になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
posted by TRFC at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年05月07日

GWプラレールイベント参加報告!(前半:幕張・府中)

こんばんは、レインボーです。

いよいよ今日でGWも最終日…
皆さんはどのように過ごしましたか?

GWにはたくさんのプラレール関連イベントが行われました!
参加したイベントを、2回に分けてご紹介します!

まずは幕張メッセで開催された「プラレール博inTOKYO」です。

前回のブログ→http://aoba-trfc.sblo.jp/article/179621227.html ではガイド記事を書きました。皆さん参考になったでしょうか…?

今年から入口が変更されていてびっくりしましたね。
入場待機列が長くなっても対応できるように変更されたのだと思います。それにしても昼ごろには入場に100分以上かかったそうですね。年々混雑がひどくなっている気がします…

今回は「ミュージアム」がテーマということで、展示コーナーが充実しているように感じました。

入場してすぐに「むかしもいまもみんなだいすきプラレール」の展示が目に入りました。

DSC_3936.JPG

これは「開運!なんでも鑑定団」に出品され、タカラトミーのメイ社長が落札した貴重なプラレールが展示されているコーナーです。
往復プラレールのセットや伝説の阪急電車(笑)など、貴重な品々が、それぞれ美しい箱付きで紹介され、度肝を抜きました。

DSC_3965.JPG

DSC_3966.JPG

しかも一部は走行展示されており驚きました。古いプラレールも大切に保管されていて喜んでいるようにすら見えました。

毎年恒例の巨大レイアウト

DSC_3952.JPG

毎度のことながら圧倒的ですね。今年は「ダブルカメラドクターイエロー」で撮影された走行映像も放映されていました。

今年はプラレールトーマスのレイアウトも大きなものが展示されていました。

DSC_3989.JPG

まるでトーマス達が活躍する「ソドー島」を見ているようで、子供達に大人気でした。


アトラクションコーナーも大混雑でした。
ゲームに成功するともらえる金ピカ車両は、今年は200系(シャークノーズ車)でした。

マーケットで新商品のライト付き0系新幹線をゲットすると、足早に幕張メッセを後にします。
次の予定もあるからです。


京葉線で東京に向かい、新宿から京王線に乗り換えて(読み注意)、
向かったのは府中駅。

お邪魔したのは「ルミエール府中」で行われていた「鉄道模型広場inルミエール」です!

関東のプラレーラーの皆様が主催され、そこに京王電鉄株式会社様が後援につくという、規模の大きな運転会となっていました!

まず目を引くのは「一畳プラレール」で有名なぺたぞうさん達の立体レイアウト。

DSC_4208.JPG

プラレールの橋の下をくぐれるようになっています。
子供にも大人にも大人気でした。
構造の参考に…と様々な角度から記録写真を撮ってきました(笑)

そしてプラレーラーの皆さんの持ち込み車両が走行する展示エリア。

地元京王線の車両を中心に様々な車両が走行していて飽きませんね。

見どころは…
見事に再現された府中駅(しかも立体構造)

DSC_4090.JPG

DSC_4033.JPG
(こっちが本物。そっくりですよね)

DSC_4088.JPG
(上段の「自動乗り換え駅」に停車しているのはデザインが発表されたばかりの新車5000系です。話題の新車は早くもプラレールになっていて、子供達の注目の的でした。)

大きく広がるヤード

DSC_4125.JPG
(京王線を走行する車両たちが並びます)

緻密に作られたトミカタウンと融合したレイアウト

DSC_4069.JPG

などでしょうか。

どの角度から見ても楽しめるレイアウトでした。

17時の閉場の際にはアンコールで5分だけ照明を落としての展示が行われ、幻想的な雰囲気を楽しむことができました。

DSC_4205.JPG

会場では京王レールランド限定プラレールの出張販売なども行われており、来場者も多く、とても活気のあるイベントになっていました。

たくさんのプラレーラーの方々とも交流ができ、改造車両や運転会運営について色々教えていただきました。ありがとうございます。
主催の空転さん(残念ながらお会いできず…)、当日代表の福遠さんをはじめ、参加者の皆様大変お疲れ様でした!


さてさてGWプラレールイベント紹介、まだまだ続きますが、長くなってしまうので一度記事を区切ります。
後半でも2つのイベントについて紹介しますので、ぜひお楽しみに!

まずは前半、最後までお読みいただきありがとうございました。
posted by TRFC at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年05月02日

GWお出かけに!プラレール博inTOKYO徹底ガイド!

こんばんは、レインボーです。

ようやくテストが終わり、GWが見えてきました()
もうGW入りしている皆さんもいるのでしょうか…

さてGWといえば…?

そう!「プラレール博inTOKYO」ですね!
(ですよね?)

今年は5/3スタートということで待ちきれない皆さんも(私を含め)多いのではないでしょうか?

というわけで今回は、2002年から数えること15回、毎年プラレール博inTOKYOに行っている私レインボーが、その魅力や楽しむコツをご紹介しちゃいます!
※掲載した写真は全て昨年のものです。

まず、そもそも「プラレール博」とは?

DSC_1640.JPG

プラレールのメーカーであるタカラトミー社の大型イベントで、年に数回、各地で行われています。
中でも「〜inTOKYO」と「〜inOSAKA」の規模は大きく、それぞれ幕張メッセ・ATCホールという大規模会場で行われます。
プラレールの巨大ジオラマの展示や、アトラクションコーナー、オリジナルイベント商品の買えるマーケットなど、プラレール好きの子供たち(大人も←ここ重要)に大人気のイベントです。

例年ゴールデンウィークに東京で行い、お正月に大阪で開催されます。

ちなみにプラレール博の「トミカ」版である「トミカ博」はGWに大阪で行われます。夏休みは最近横浜(パシフィコ横浜)でやることが多いですね。そちらも要チェックです。


まぁせっかく15年も連続で行っているのでちょっと昔話をしますと、昔の「プラレール博inTOKYO」は池袋のサンシャインシティでやってたんです。それが名前そのまま、より大きな会場の幕張メッセに移りました。結果、幕張(千葉)でやるのにinTOKYOになるんですよね。
あと、少し前までGWとはいえ4月の最終週から始まることが多かったのですが、ここ数年はGW後半からスタートですね。
「ニコニコ超会議」と被ってしまったことが要因のようですが、その分こちらの開催期間が短くなってしまいました。近年の混雑の一つの要因と言えそうです。


さて、昔話はこれくらいにして、豆知識コーナーに移りましょう。

1.出発前にやること
まずは情報収集です。やはり公式のお知らせ
http://www.takaratomy.co.jp/event/eventlist2/pla2017-tokyo.html
は目を通しておくべきです。
中でも注目したいのは「ショッピングゾーン」の欄。イベント会場限定品の紹介記事があります。今回はライト付き0系新幹線が新登場ですね。
他にも欲しい商品はチェックして「お買い物メモ」を作りましょう。
「マーケット」では普通のおもちゃ屋さんと違い、大量の商品が並べられているので、買い忘れ・買い間違いのありませんように。

あとは事前に前売り入場券を買っておくべきです。
安いのはもちろんですが、当日朝会場で入場券を買わずに入場待機列に並べます。

ここでちょっとしたテクをご紹介。前売り券はローソンチケットやセブンチケットなどで簡単に購入できますが、ここで発券されるのは他のコンサートチケットなどと同様の紙に「プラレール博」と印字されただけのものです。
せっかくなのでプラレールの写真の入ったオリジナルデザインの券が欲しいですよね?(え、そんなの私だけ?)
実は、東京駅やスカイツリーにある「プラレールショップ」では当日券と同じデザインの前売り券を購入できるのです!
その辺気にされる皆さんは是非ご参考まで。

DSC_1641.JPG
記念にもなりますし、デザインかっこいいよなぁ…

2.当日朝
なるべく早く会場へ。海浜幕張駅出口から、デッキを歩きます。随所に看板や(常識的な時間に行けば)案内の方が待っているので、迷わず行けるはずです。
公式発表では「10時開場」となっていますが、それより早く、会場の準備が出来次第入場開始となることが多いです。9:30とか。
っていうか私の記憶では15年間10時まで待たされたことはないですね…
可能なら9時前の来場が一つの目安だと思います。
「9時に到着しよう」と計画してくる人たちが多いようで、9時過ぎると一気に列が伸びる気がします(素人の見た感じですのでご参考まで)。

列での待ち時間にも色々することがあります。

まずは「入場記念品」を選びましょう。
有料入場者は全員一両ずつ入口で渡されます。
今年はE7系の中間車とクリアブルーカラーの「アニー(トーマスの客車)」ですね。
毎年入口でどちらにしようか悩んでしまっているご家族を見かけますので、時間のあるときに決めておきましょう。(スムーズな入場にご協力を!)

また、待機列で「会場内MAP」が配布されることがあります。
お目当の展示・アトラクションの場所を確認します。

小さいお子様用に「まいごシール」が配られるので必要があればスタッフに声をかけて貰いましょう。名前や年齢を書いて、子供の衣服に貼るものです。

有料のアトラクションで遊ぶには「プレイチケット」を買う必要があります。列の先頭の方ではスタッフさんが先行販売してくれるので、あらかじめ買っておくとプレイチケット販売所に並ばずに済みます。
(このプレイチケット先行販売の制度も200何年かに始まったもので、当時は「すごい画期的だ!」なんて思いましたね。以前は開場すると全員プレイチケット販売所に殺到しましたから…)


3.いよいよ入場!
慌てず・焦らず・走らず。でも可能な限りスムーズに…
入口でスタッフさんにチケットを渡し、希望の入場記念品を伝えます。すると後ろのスタッフさんが手渡してくれます。
時々テンションが上がりすぎて、せっかくの入場記念品を受け取らずに走って行っちゃうお友達とかいるので注意しましょう(笑)

例年、入ると展示コーナーがあり、その先に巨大レイアウト、その先がアトラクションコーナーになっています。
たくさんの展示品やレイアウトを見たいのですが…まずはちょっと我慢。とりあえずアトラクションコーナーに行くのがベストです。

展示コーナーやレイアウトは比較的スムーズに人が流れるので後で戻ってきても楽しめますが、アトラクションはすぐに長蛇の列になってしまいます。
特に「プラレール組立工房 のりのりプラレール」(デジカメで撮った来場者の写真を、その場でプリントしてプラレールの運転席に貼ってくれて、あたかも自分が運転手になったようなプラレールを作れるアトラクション)の人気は凄まじく、あっという間に30分、40分待ちになってしまうので、朝一番に行くべきアトラクションです。

あとはその他のアトラクションも見てみましょう。
アトラクションには例年「プラレールつり」とその他のゲームがあります。
「プラレールつり」は釣り針をプラレールの窓などに引っ掛けて釣り上げ、30秒間で釣り上げた両数を競うゲームです。釣った中から一両をお土産に持って帰れる他、その日一日で最も多くの両数を釣り上げると「大漁賞」としてプラレールのレールセットが後日送られます。

(「漁師」歴15年ですが、「大漁賞」は貰ったことないですね…一回現時点での記録更新まで行ったのですが、その日のうちに破られてしまいました。大漁賞の目安は20両〜でしょうか…腕に自信のある方はお試しあれ。後でこのブログで「プラレールつりテク講座」やろうかな…)

その他のゲームではあみだくじやルーレットゲームがあり、成功すると「金ピカ車両」が、失敗でもオリジナルプラレールがゲットできます。
金ピカ車両は例年1種類で、参加したゲームによって先頭車または中間車または後尾車がもらえます。各ゲーム入口のスタッフに確認しましょう。
ちなみに昨年はE2系の金ピカ車両でした。今年は何かな?

DSC_1741.JPG


4.展示コーナー
一通りアトラクションを楽しんだら、改めて入口近くの展示コーナーに戻りましょう。
今年は特に「ミュージアム」がテーマとなっているので、貴重な展示が見られるはずです。
そうそう、TV東京の「開運!なんでも鑑定団」に出品され、タカラトミーのメイ社長が購入した貴重なプラレールも展示されるとかで、注目ですね。

あとは巨大レイアウト。プラレール・トミカを組み合わせた巨大な街が広がります。
色々な向き・角度から眺めてみましょう。家庭でのレイアウト作りのヒントがあちこちに隠れています。
私もなるべく観察して、当会の展示でのレイアウトにも生かしていますよ。

DSC_1683.JPG

DSC_1680.JPG

展示コーナーで見落としてはいけないのは「新商品」コーナー。
ここには発売前の試作品が並べられています。会場で発表されるものもあり、目が離せません。

DSC_1673.JPG

5.マーケット
会場の出口がマーケットになっています。
展示を見るのに荷物が増えても面倒ですから、私は一番最後に寄ることにしています。
いくら限定品とは言っても大量の在庫があるので、売り切れというのはプラレールではあまりありません。トミカはイベントモデルの人気車種(スポーツカー系)やアンパンマントミカが売り切れることがあるので、注意が必要です。

マーケットの中央部の普通の棚には、一般流通商品が並んでいます。
イベント限定品は壁沿いに並べられています。多くの人が一度に購入するので、普通のおもちゃ屋さんではありえない、大量のプラレールの陳列が見られるので、それだけでも幸せですね。
イベント限定商品は一人5個までだそうです。お土産考えてる方はご参考に。

イベント限定商品の奥には「量り売り」のコーナーが続きます。
これはイベント限定カラーのレールや橋脚を袋に詰めて、その重さを計量して購入するシステムです。
透明カラーのレールや、鮮やかな赤色・青色の橋脚などはオススメです。
赤い橋脚ばかり買って、かつての「余部橋梁」とか…やってみたいですよね(←やった人)。

あと、普通の商品以外にも、トミカ・プラレールの衣料品やグッズなんかも置いてあります。
(昔はこういう品もここでしか買えなかったのですごく楽しみだったのですが、最近はトミカショップ・プラレールショップで簡単に買えるようになりましたよね。便利になったものだ…)

あ、ちなみにオススメはプラレールの絵の焼き印が入った「どら焼き」です。(うまい)

欲しいものをカゴに入れたらレジに向かいますが、クレジットカード対応のレジは決まっていて、それ以外は現金でしか購入できなかったりするので、「爆買い」したいときは並ぶレジも考えましょう。

買い忘れがないかもう一度チェックしたら、後ろ髪を引かれつつも帰ることにしましょう。今年も楽しかった、また来年!と思いつつ会場を後にします。



さて、長々と書いてしまいしたが、大体伝わったでしょうか…?
要はめちゃくちゃ楽しいのでぜひ皆さん行きましょう!

また、東京(幕張メッセ)以外にも新潟や金沢、岡山などの都市で開催されています。また「トミカ・プラレールフェスティバル」としてその他の都市の百貨店の催事場などで小規模なイベントが行われることもあるので注意して情報を集めてみましょう。

上の方でも書きましたが、詳細はタカラトミー公式HPの「イベント・キャンペーン」で確認ください。
http://www.takaratomy.co.jp/event/index.html

今回の記事は公式発表と私の経験に基づいて書いていますが、イベントの詳細は急に変更になることもあります。
あくまで参考程度に読んでいただけると幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
posted by TRFC at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年04月04日

より大きなサイズへのいざない -16番ゲージを紹介します-A

 こんばんは。この春から(大学院での)入院生活が始まったカタナです。前回の更新から1週間ほど間隔が開いてしまいましたが、今回は私が製作した16番ゲージの中から、ちょっと古めの貨車たちを紹介したいと思います。時代設定は前回紹介した南武鉄道1001形と同じく、1950年前後です。

 まず全車共通の構造について説明します。貨車はある程度の数がないと列車として恰好がつかないですから、製作にあたっては1両あたりのコストをできるだけ下げるようにしています。このコストダウンにおいて重要になるのが走り装置です。2軸貨車を自作する際には、走り装置に金属製の軸受けパーツを利用してまとめるのが一般的ですが、これを使用すると1両分で700円から1300円ほどかかってしまい、貧乏学生の財布ではとても大量には揃えられません。

ワフ28000.JPG

軸受け元.JPG

 そこで私は、ジャンクで入手した天賞堂のワフ28000の軸受けパーツを複製して使っています。このパーツは、天賞堂が発売しているエボナイト製貨車の初期製品についていたもので、ブレーキシューの表現がないものの1段リンク式を再現しており、いわゆる”ヨンサントオ”以前の古い貨車を製作するにはぴったりのパーツです。

(ひとくちコラム)
 2軸貨車の走り装置は、時代を経るごとに改良が重ねられてきました。戦前まではシュー式、あるいは1段リンク式と呼ばれる構造のものが使われてきましたが、戦後に入り新たに2段リンク式が採用され、貨物列車の高速化が可能になりました。これを受け、1968年10月の全国ダイヤ改正(通称ヨンサントオ)以降、戦前製の古い貨車の2段リンク式への改造、あるいは廃車がおこなわれ、こうした旧型の貨車たちは急速に姿を消していきました。つまり1段リンク式を再現することは、ヨンサントオ以前の貨車を製作するうえで必要不可欠なのです。
(ひとくちコラムおわり)

軸受け.JPG

 これを「おゆまる」でかたどり、そこに市販のポリエステルパテを充填すると、このようにパテでできた軸受けが簡単に量産できます。

構造.jpg

 下回りの構造を上図に示します。それぞれの部材の固定には瞬間接着剤を多用しています。車輪受けは外側の軸受けと内側の補強でサンドイッチされる形になり、しかも瞬間接着剤で強固に固定されるため、軸受けを多少こじって車輪を押入れても問題はありません。

車体.JPG

 上回りは前回紹介した機関車同様、紙やプラを用いた自作です。貨車も車種によって鋼製のもの、木製のものがありますが、これは素材を変えることで表現しています。例えば鋼製の場合は、紙にリベットを打ち出したものを使います。木製の場合は、プラの表面にキサゲ刷毛で傷をつけることで木目の表現をしたものを使います。上の写真に示した車両の場合、車体はプラで、屋根は紙で作っています。

完成前.JPG

 塗装前の生地完成状態を示します。使用しているパーツはエンドウの車輪、KATOのナックルカプラー、ホームセンターで買える3mmのネジのみで、1両あたりに換算すると500円程しかかかっていません。また、金属パーツをほとんど使用していないので車両の重さも軽くなり、長編成化に有効です。これを艶消し黒で塗装し、特注のインレタを入れて完成となります。

 最後に、完成した個々の車両を簡単に紹介していきます。現在我が家には20両の貨車が在籍していますが、そのうち15両は自作したものです。これらすべてを1両1両紹介していくとキリがないので、今回はその一部をご覧にいれます。


ワム23000
ワム23000.JPG

 1938年から1954年にかけて15000両以上が製造された有蓋車です。戦後は2段リンク化改造のうえワム90000に編入されて生き残ったこともあり、2軸貨車の中ではもっともポピュラーな車両と言えるでしょう。ワム23000も製造時期によっていくつかのグループがあるのですが、今回はドアにリブがない初期製造車を作ってみました。

ワム3500
ワム3500.JPG

 こちらも1917年から1925年にかけて約11000両が製造された有蓋車で、戦前の貨物列車の写真を見ると必ず1両は入っているような車両です。ついこの間開館した京都鉄道博物館にも1両が収蔵されており、それに際してNゲージでも製品化されているので、ご存知の方もいるかもしれません。側面に入ったリブが目立ちますが、これにはエバーグリーンのH鋼形プラ材を使用しています。

ワ17000
ワ17000.JPG

 1905年に英国メトロポリタン鉄道から輸入された有蓋車を参考に、明治から大正にかけ日本で製造されたもので、約800両が製造されました。荷物扉のレールに雨除けと思われるフードがかけられているのと、側面の羽目板が縦方向なのが特徴です。終戦直後から1950年代にかけては、こうした明治期の旧型貨車も最後の活躍を見せていました。

トラ1
トラ1.JPG

 1927年から1931年にかけて約3400両が製造された無蓋車です。あまり目立たない車両ですが、無蓋車として初めて側面のアオリ戸が全開する構造を採用した車両です(それまでは側面の一部が観音開きに開く構造で、長い木材などの輸送には不便でした)。


ト20000
ト20000.JPG

 1933年から1940年にかけて約7300両が製造された無蓋車です。この車両はアオリ戸も含め全鋼製ですが、車体の腐食が激しかったため戦後に木体化改造がおこなわれました。そのため、鋼製の姿を再現すると貨物列車の雰囲気をぐっと古くできます。このト20000やワ17000は軸受けがシュー式となっているので、複製した軸受けのリンク部分を切り落とし、プラ角材を貼り付けて表現しています。

 以上、駆け足ではありますが我が家の黒貨車たちを紹介させていただきました。このような小さな貨車なら、工夫次第で16番でもここまで安価に楽しむことができます。また、貨車は比較的気軽に作れる(窓抜きが不要、塗装が黒1色で済む)ので、工作に自信のない方も、まずは試しに1両作ってみてはいかがでしょうか。
 私はまだそこまで加工していませんが、ウェザリングを施してみたり、積荷に凝ってみるのもおもしろいでしょう。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回は…いずれまたということで。(新作作らなきゃ…)

posted by TRFC at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年03月29日

合宿延長線 File5 北上編 ※最終回

 みなさんこんばんは、皮膚科に行ったと思ったらいつの間にかきんいろモザイクのBDが1枚増えていたキハ52です。多忙につきまだ合宿報告を書き上げていない会員も多数いますが、この合宿延長線もついに最終回となりました。
 あと、しつこいようですがタイトルの読みは「きたかみ」ではなく「ほくじょう」です。念のため。

3月24日
浜松<東海道本線>熱海<上野東京ライン>黒磯<東北本線>郡山<東北本線>白石<東北本線>仙台<仙山線>東北福祉大前

 宿泊したホテルは夏合宿でも泊まったところだったので、Wi-Fiはパスワードなしで接続できました。まあどうでもいいか。宿で朝食を取り、出発。駅に行ったところでもちろんパシフィック氏はいません。
 浜松から、211系と313系混成の5連に乗り、一気に静岡県を横断して熱海まで移動します。

IMG_5846.jpg


 写真の左に373系が映っていますが、これは朝に6連で浜松と豊橋の間でピストン輸送をしている普通列車であり、ホームライナーでも特急でもありません。…そのまま熱海までの運用に入ればいいのに…。
 早めにホームにあがった甲斐あって、運転室後ろの座席を確保できました。熱海までの2時間半、ずっと首を曲げて前面展望を見ていたので、当然のことながら首が痛くなりました。静岡地区といえばロングシートの211系と313系の運用ばかりだと思われがちですが、静岡を出た頃、待機していたのは313系のセミクロスシート車と211系のロングシート車の混結5連。どうやらこの後の三島行に入るようです。身延線や御殿場線からの直通でセミクロスシート車が東海道本線に入る運用は時々ありますが、東海道本線内完結はかなり珍しいようです。
 熱海に到着。3分後に出る上野東京ライン小金井行に乗るためにダッシュする…ふりをして、反対ホームのグリーン車の乗車位置に1番乗りで並びました。もちろんこれから乗るのはこちら。

IMG_5852.jpg

IMG_5854.jpg
※小金井で前5両を切り離すので先頭車の行先は小金井になっています。


 時間通りに熱海を出発。某アニメに出てきた根府川を過ぎ、某氏の地元、茅ヶ崎を過ぎ…。以前このスジに乗車したときは、相模川の上で抑止喰らうわ尾久の手前で抑止喰らうわで最大20分遅延(2015春合宿(鹿児島)参照)したのですが、今回は何事もなく。宇都宮から先は、ダイヤが緩いのか、205系の性能に合わせてあるのか、ゆっくり走ります。矢板を過ぎると、私がいた5号車の2階席は、最前列に1人、最後列に1人(私)だったので、なんとなく座席を音が出ないようにそっと回転させて、座席配置を集団離反式にして遊んでいました。どう考えても悪戯ですが、黒磯到着後清掃員の方が座席を回転させる回数が減るのでまあいいかな、と。一応親切心のつもりだったのですが、迷惑だったでしょうか…?

 さて、熱海から5時間近くかけて終点の黒磯に到着。今までは15両(小金井から10両)のグリーン車で快適に過ごしてきましたが、ここからはコレです。


\お ま た せ/
IMG_5885.jpg


 2両ワンマン運転だったので、一番後ろのスペースに立っていました。定刻で動くかと思ったのですが、なんと再び東北新幹線が遅れているということで、新白河で接続待ちをしたため6分ほど遅延しました。そのまま郡山へ。郡山から、仙台まで直通する東北本線に乗車します。この列車、2年前に来た時はE721系4連の運用でしたが、その次の年の改正で701系の4連の運用になりました。この列車は福島に18時30分ごろ、つまり夕方ラッシュ時ど真ん中に突っ込むので、まあ701系でも致し方ありませんね。なお仮にE721系だったとしても、郡山に黒磯からの電車が着いた時点でかなり並んでいるため、少なくとも福島までは座れないのはご愛嬌。
 福島を出て、松川を渡るころ、非常停止の無線を受信したとかで緊急停止。また橋の上で緊急停止を喰らいました。(2014年夏合宿(松山)の時は淀川上、2015年春合宿の時は相模川上)。以前、非常停止した車内から、会議に間に合わないからと線路に降りた人がいましたが、今回のように橋の上で止まっている(しかも暗いので近づかないと橋の上だとわからない)場合もあります。この場合、線路に降りようとすると、そのまま河原か川面に転落する可能性もあります。そうなると十中八九死にますので、乗務員の指示なしに勝手に線路に降りてはだめですよ?
 8分ほど遅れて運転再開。さあ、そのまま仙台まで………一体いつから、この列車に仙台まで乗ると錯覚していた??
 丁度Twitterに719系の運用情報を流している方がいたので、その情報を見たところ、1本後、白石始発の東北本線仙台行に719系が運用されるとのこと。というわけで、白石で下車し、それに乗ることにしました。ついでに、駅前のコンビニで夕食を購入し、車内で食べました。

IMG_5890.jpg


 来たのは719系の6連。夜に仙台に向かう運用なので空いていました。仙台〜白石は、始まりも終わりも719系でした。そこ、無理矢理組み込んだだろとか言わない!岩沼〜白石での719系の運用は、すでに1日4往復のみとなってしまっているようです。そして仙台に帰還。少し写真を撮った後、20時27分発の快速山形行に乗車。先程の719系の回送と並走しました。
 自宅の最寄り駅、東北福祉大前駅に到着し、自宅へ。ここに5日間の旅が終焉を迎えました。

 さて、ここで一つ問題が。実はこの旅行、さわやかに行くことの他にもう一つ目的があり、それは合宿で余った18きっぷ1回分を消費するということ。しかしそれでは足りないので、豊橋で1枚追加しました。で、今回の旅は「5日間」。勿論連れなし。もうお分かりですね?
18きっぷがまた1回分余りました。
 
(要するにただのアホ)




 ………お後がよろしいようで。

―完―
posted by TRFC at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年03月27日

より大きなサイズへのいざない -16番ゲージを紹介します-@

 こんばんは。カタナです。先日のTRFC鉄道模型運転会にご来場いただいた皆様、ありがとうございました。おかげさまで盛況のうちに運転会を終わらせることができました。今回は先日の運転会でも展示させていただいた、私が所蔵する16番ゲージの鉄道模型を紹介したいと思います。

IMG_1942_R.JPG

 まずは、つい先日完成した南武鉄道1001形電気機関車を紹介します。実車は1928年から1929年にかけて4両が日立製作所で製造された電気機関車で、同じく日立製の国鉄ED15形電気機関車と並び、国産の電気機関車としては初期の部類に入ります。南武鉄道(現在のJR南武線)で使用され、奥多摩から採掘される石灰石の輸送に活躍しました。1944年に南武鉄道が国鉄に買収され国鉄南武線となった後も、しばらくはそのままの形式名で活躍していましたが、1952年にED34に改番、さらに1961年にED27に改番と、複雑な経歴を持っています。また、一部は廃車後に岳南鉄道へ譲渡されました。
 今回私が製作したのは終戦後、ED34に改番される前の姿で、1950年頃を想定しています。

IMG_2006_R.JPG

 模型はRM MODELS 1996年3月号に掲載された記事を基に、ペーパーで自作しました。動力、台車などの下回りは上記の製作記事に倣い、KATOが製品化しているアメリカ型ディーゼル機関車(EMD NW2形)のものをそっくりそのまま使用しています。

1472557375175.jpg

 このEMD NW2形は台車の外観が1001形と似ているほか、偶然にもホイールベースが1001形と同じなので、まさに改造するにはおあつらえ向きの車両です。動力性能には鉄壁ともいえる信頼性があるメーカーの製品なので、走行性能は抜群。貨車20両程度は軽々と牽いてくれます。

 上回りは屋根も含めたペーパー製です。さすがに紙だけでは強度が不足するので、裏側に1oプラ板を貼り補強としました。上回りと下回りの固定は取り付けツメとネジ止めを併用しています。

図2_R.jpg

 全ての窓には縁取りがついていますが、これは上図のような技法で表現しました。車体表面のリベットは桐を使って打ち出しています。側面のルーバーは、プラ板をPカッターで筋彫りして表現しました。
 台枠はプラ製で、前面端梁の表面のみリベットを打ち出した紙を貼っています。屋根上のベンチレーターはNゲージのグローブベンチレーターを使用、ランボードはプラで作ってみましたがここはやはり金属パーツを使用するべきでした。その他手すり、解放テコなどは真鍮線で表現しています。

IMG_1244_R.JPG

 塗装前の生地完成状態を示します。パンタグラフはKATOのPS14、ホイッスルはエコー、前照灯はスパイクモデル、前面ハシゴは珊瑚のパーツをそれぞれ使用しました。尾灯は今回点灯させないので、エコーのパーツを複製したものを取り付けています。
 最後に、車体にガイアノーツのぶどう色1号を、台枠に艶消し黒を吹き付け、特注したインレタによるナンバープレートを貼り付けて完成となりました。

IMG_2002_R.JPG

 こうして、我が家にも旧型電機が入線することとなりました。ぶどう色の機関車がゴロゴロと貨車を牽いていく姿はいいものですね。今回は種車を中古で安く手に入れられたこともあって、パーツ等含め6000円ほどで完成させることが出来ました。よく「16番は高い」と言われますが、外国型の製品にも意外と使えるものがあったりするので、安く16番を楽しみたい方は、こういった外国型車両にも目を向けてみてはいかかがでしょうか。

 次回はこの機関車に牽かれる貨車たちを紹介したいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。

posted by TRFC at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年春合宿報告(ふたば)三日目

こんばんは、一日おきに春合宿の報告をしているふたばです。三日目になります。

IMAG3629.jpg
前日は一時寝、そして4:30起床で三時間睡眠の後、まだ寒い岡山駅から三日目スタートです。

IMAG3631.jpg
岡山の新幹線案内板はカラフルでした。(M氏が蛇を持ちだした)

IMAG3634.jpgIMAG3644.jpg
この日は広島観光()のため5:50の列車に乗る予定だったのですが、早く起きたので予定を変更して<山陽本線/普通/糸崎行>に乗ることにしました。車両は末期色の115系です。昨日もそうでしたが、座席が新快速と同じになっていたのでだいぶ18きっぷ利用客に優しくなったのではないかと思います。

IMAG3649.jpg
車内で前日に買っておいたキムラヤのパンを食べ、エネルギーチャージします。(いやー、今日もパンがうまい!)

IMAG3654.jpgIMAG3660.jpg
糸崎では乗り換えが1分なのでバタバタと移動して<山陽本線/普通/岩国行>に乗ります。車両は115系ま(ry。ただ今回のは幕式表示の車両でした。

一駅移動して三原では、酷鐵でなくなった広島呉線の323系が停まっていました。乗り換えたい気持ちもありますが、それでは早起きした意味がないのでそのまま山陽本線を西に進みます。

IMAG3661.jpg
そしてカープが列車をも赤く染めた広島に到着。なぜ早起きしたかというと、ここで広島市電に乗るためです。広島到着が8:02と通勤時間帯に被ってしまい、大きな荷物をもって乗るのは申し訳ないと思いながら目当ての車両が来るのを待ちました。

IMAG3677.jpgIMAG3711.jpg
まず乗ったのは、グリーンムーバーLEX。三連接低床車両で、最新車両です。これで1号線、広島港まで行きます。

IMAG3762.jpg
広島港駅に着くとラッシュ時間は終わり、回送車両がたくさん並んでいました。もうひとつの目当て、グリーンムーバーMAXが三編成そろうという光景も。こちらは五連接低床車両で、三編成も並んでいるのは壮観でした。
(奥にもう一編成います)

IMAG3758.jpgIMAG3767.jpg
広島港からはグリーンムーバーMAXの1号線で広島駅まで戻りました。ちなみに広島→広島港は市内運賃でどこまで乗っても一乗車160円です。(今回往復で320円、安くて助かりました)

IMAG3795.jpgIMAG3800.jpgIMAG3810.jpg
広島駅からは<芸備線/普通/三次行>で北に向かいます。車両はキハ40。気動車は意外と電車より快適だったりします。(バスに似てるからかな?)のどかなローカル線を堪能しました。

IMAG3825.jpgIMAG3823.jpg
三次駅に到着、意外と大きな駅でした。さて、10分程度待ったあと芸備線の旅続けます。<芸備線/普通/備後落合行>で山奥へGo!車両は変わってキハ120です。二日目に関西本線でもキハ120には乗りましたが、そのときはオールロングシート、今回はセミクロスシートでした。せっかくのボックスシートですが、お客さんが少ないときはロングシートの方が座ったときに足を伸ばせるので、ロングシート部分に座ります。

IMAG3885.jpgIMAG3904.jpg
だんだん雪がちらつき始め、終点の備後落合につく頃には積もっているほどに!ここで知ったのですが、冬になって備後落合→出雲横田の区間は大雪の影響で列車が走っておらず、なんとこの日から運転再開とのこと。いや、ほんとに運がよかったです。(あぶない、あぶない。)そんなこともあってか備後落合駅には鉄オタの方々がたくさん来ていました。そしてこのとき新見方面、三次方面、宍道方面の車両が一同に会していました。これもうれしかったです。(順にオレンジ、紫、黄の車両です)

IMAG3911.jpg
ということで<木次線/普通/宍道行>に乗り込み、約三時間の長旅が始まりました。ちなみに車両はキハ120系。(トップナンバーでした。)ロングシートでしたが、先ほどの幸運を考えると何でもありません!

IMAG3921.jpg
途中の雪景色です。まさか西に来てこんな景色を見ることになるとは思いもしませんでした。(冬コートで正解でした…)途中、「油木」という駅があり、「雪の中の油木」でした()。

IMAG3916.jpgIMAG3926.jpg
こちらは絶景ポイント。上からと山を下りて下からの二回楽しめる場所です。

IMAG3939.jpgIMAG3942.jpg
また、三段スイッチバック駅である出雲坂根駅もあり、見所満載の木次線。ぜひ乗ってみてください(一日3本、三時間近い旅、というのはお忘れなく。)

IMAG3958.jpg
そんなこんなで宍道に到着。ここで30分近く待つのですが、その列車が遅れたおかげで雪がちらつくなか更に待たなくてはなくなりました。ようやく来た<山陽本線/普通/出雲市行>で合宿地出雲市に向かいます。車両はキハ48の2両。帰宅時間帯ということで立ちました。まあ、三駅なのでまったく苦ではありません。

IMAG3986.jpg
出雲市に着き、合宿開始して三日目が終わりました。

(三日目の行程)
岡山 <山陽本線/普通> 糸崎 <山陽本線/普通> 広島 <芸備線/普通> 三次 <芸備線/普通> 備後落合 <木次線/普通> 宍道 <山陰本線/普通> 出雲市
posted by TRFC at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年02月28日

東北福祉大学・鉄道交流ステーション ブルトレ企画展に行ってきました!


みなさんお久しぶりです。レインボーです。

まだまだ寒い日が続く仙台ですが、いかがお過ごしですか?


さて、今日は仙山線東北福祉大前駅に隣接する東北福祉大学ステーションキャンパス内の「東北福祉大学・鉄道交流ステーション」にお邪魔しました!

目的は現在開催中の第29回企画展「東北・北海道を走ったブルートレイン」の見学です。

館内に入るといきなり3つものヘッドマークがお出迎え!

IMG_3294.1.jpg

「北斗星」「はくつる」「あけぼの」とどれも東北を代表する夜行列車ですね。ここまで一堂に会すると感動モノ。

手前の「北斗星」はJR北海道で使われていたものを、特別に借りて展示しているとのこと。貴重なものですね。
奥に展示されている「北斗星」はJR東日本のもの。北海道で使われていたものと本州で使われていたものが一目に見られる機会は、今後もそうそう無いのでは…と学芸員の方もおっしゃっていました。

しかも奥の2つのうち左側はラストランで使われた金縁のもの。ラストランを見送った自分としても感慨深いですね。

中にも貴重な資料がたくさん!
(特別な許可を得て撮影しています)

IMG_3302.1.jpg
「ゆうづる」のヘッドマークや


IMG_3300.1.jpg
JR北海道の北斗星用車両につけられていたエンブレム

さらには時刻表(業務用のダイヤグラム…いわゆる”スジ”)、切符、貴重な写真など、盛りだくさんの展示内容でつい見入ってしまいました。

Nゲージ鉄道模型の展示も行われていたほか、土曜日にはHOゲージの展示も行うとのことでした。
(詳しい予定はHP:http://www.tfu.ac.jp/rmlc/にてご確認ください)
気になりますね。また行ってみたいです。


IMG_3303.1.jpg

今回の企画展(東北・北海道を走ったブルートレイン)は3/4(土)まで。あと少しです。
盛りだくさんの展示で非常に興味深いものですので、ぜひ皆さんも足を運んでみてください!

最後になりましたが、今回、館内の展示物の撮影を特別に許可してくださいました東北福祉大学の関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます。

今回もお読みいただきありがとうございました。
posted by TRFC at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年02月08日

新春四国旅行 File.3(一体いつから通学風景でないと錯覚していた?)

 みなさんこんばんは、この記事で書いている旅行で、年末年始のバイト代が吹っ飛んだ挙句2万の赤字を出したキハ52です。では、本編参ります。

 起床し、カーテンを開けると、街中を走る非電化の高架線がありました。時刻表を見ると、しばらく列車は来なそうなので朝食を。飲み物を何にするか聞かれて、真っ先に選んだのが「メロンソーダ」。私にとっては通常運行です。
 ホテルを出て、植物から南国の雰囲気を感じながら駅へ。宿毛港からフェリーに乗れば、3時間ほどで大分県の佐伯に行けますが、今回は行きません。その代わり、岡山行きの特急南風12号に揺られます。勿論グリーン車で。
IMG_4188.jpg
IMG_4193.jpg


 さすがにほぼ高架、最高速度120km/hの路線は気持ちよく走っているのがわかります。途中に「国見」という駅がありますが通過。ただでさえ仙台と福島(※駅ではなく自治体)にもあってややこしいのに…。足摺岬の観光拠点となる中村ですが、ここから足摺岬まではバスで2、3時間かかるそうで…。中村駅で、乗務員が交代しました。川奥信号場で予土線と合流し、窪川へ。窪川で、土佐くろしお鉄道の乗務員からJR四国の乗務員に交代します。窪川から土讃線に入ります。土讃線の終点は高知ではなくここ窪川です。同じく、予讃線の終点は松山ではなく宇和島なのでお間違え無く。この南風12号、宿毛9時5分発に対し岡山着は13時40分。一方、逆方向、岡山→宿毛の特急南風13号は岡山14時5分発で宿毛19時4分着。上下線で30分以上差があるのはなぜでしょうか…。13号は12号が通過する宇多津、旭、朝倉、多ノ郷に停車しますが、それだけで30分差とは…。運転停車とかの関係でしょうか?
 さて、列車は高知に到着。乗務員交代などで停車する7分の間に、駅弁を購入。かつおのたたき弁当にしました。どうしても高知で時間が取れなかったので、高知観光と土佐電は次回以降にお預けとなりました。南風12号は、宿毛から3両編成で運転していましたが、高知でも増結はなし。おいおい、今日祝日だぞ大丈夫か??
 大歩危・小歩危を通り、阿波池田。ここでも乗務員交代。琴平を出た頃、車内アナウンスで自由席が混雑しているという旨の放送が。まあ、そうなるな。
 多度津から予讃線に入りますが、高松まで行くためには、ここで快速サンポート南風リレー号(121系か7000系)に乗り換え、30分くらい揺られる必要があります。しかも、多度津で乗り換えるとだいたい座れません。あゝ無慈悲…。
 宇多津を通過し、本四備讃線に入ります。本四備讃線は、児島から宇多津に向かうこちらが本線で、坂出に向かう方が支線という扱いなんだそうで。高松方面からの線路と合流し、いったん四国を離れます。私はてっきり、瀬戸大橋内は時速130km/hで爆走していると思っていたのですが、実際は途中の島での騒音対策として減速運転をしているようです。
 本来であれば始↑発↓から終↑点↓まで乗るべきなのでしょうが、時間の都合と、切符が児島までしか効かないので児島で下車。乗務員も、ここでJR四国担当からJR西日本担当になります。って、何回乗務員交代すんねんww(中村、窪川、高知、阿波池田(多度津だったかも)、児島)
 改札の外でさらっとあいの風ICOCAをチャージしてホームに戻り、マリンライナーに乗車します。先日窪川駅で訊いたらたまたま空いてたので、パノラマグリーンに乗車しました。思ったより人気ないんですかね?あの座席。それとも本数が多すぎるからたまたま…?
IMG_4210.jpg
IMG_4212.jpg


 あっという間に高松に到着。7分の乗り換えでうずしおに乗車。徳島までは行かず、途中の勝瑞で下車し、鳴門行きの普通列車に乗り換えました。が。
IMG_4231.jpg

 …車両がキハ40じゃない!! 

 鳴門線、全列車がキハ40だと思ってました。すみません。しかし、もう特急も行ってしまったので。一旦乗車し、鳴門を目指します。乗車した1500系は最新の型だったようで、転クロとロングシートの千鳥配置。というわけで転クロには座れず。さらに、車両の挙動がおかしいと思ったら、運転手は研修中の方だったようで。がんばれ。
 鳴門で下車し、駅の写真を撮って速攻で折り返し。車内で検索したところ、この列車が鳴門に着いた1分後に出る鳴門行きがキハ40と判明。さらに、この列車は途中の池谷で14分停車し、徳島行きのうずしおに道を譲るダイヤとなっており、これに乗ると徳島に10分早く着くということがわかったので、池谷でうずしおに乗り換えました。わぁいうずしお あかりうずしお大好き

 さて、徳島着。待っていたのは、王道を往くキハ40とキハ47の2両編成。あぁ^〜いいっすね^〜
IMG_4256.jpg
IMG_4247.jpg
IMG_4240.jpg


 そして、鳴門まで往復。ほぼ原型のエンジンのサウンドを聞きながら、至福のひと時を過ごしました。そして、徳島に戻る少し前に日没。時刻は間もなく18時というところで、徳島に着きました。某氏が「明日提出のレポート終わってねー」とツイートしてましたが、そんなことより、翌日授業があるのに、この時間でまだ徳島にいるほうがよほどヤバいと思います(小並感)。

 徳島駅で夕食。徳島ラーメンとメロンソーダを注文。店を出た頃時計を見ると、ちょうど高松行のうずしおが出た直後でした。次のうずしおまで1時間あるので、徳島駅でちょっと買い物。お土産はわかりますが、なんで夏目友人帳の一番くじ2回も引いたんだろう…?ちなみに景品はニャンコ先生のチャームとぬいぐるみでした。あと、帰りもノビノビ座席を取っていたのですが、疲れたので個室寝台に変えてもらいました。
 特急が出る20分ほど前になったのでホームへ。次のうずしおは3両編成でした。車窓は真っ暗なのでここで製図とかやればよかったんじゃないの?と今になると思いますが、コンセントがなかったことと、疲れていたので、徳島駅で買った漫画を読んで終了。
 高松駅に到着しました。ホームに降り立つと…寒い!?
 昨日までは夜間でも上着の前を閉めずとも大丈夫だったのですが、この日の夜の高松はそれでは対応できないほど冷えていました。
 1日に2往復しかないキハ185系のうずしおや、2編成しかいない6000系を撮っているうち、東京行のサンライズ瀬戸が入線。ホームのセブンで買った、酒…ではなくメロンソーダで優勝(てか1日でメロンソーダ何杯飲むんだ)。
IMG_4323.jpg
IMG_4328.jpg


 3日間お世話になった四国と別れ、姫路に着いた頃就寝。起きると、まもなく横浜というところでした。山手線の車両基地(名称忘れました)を通ると、一番東海道線側にE235系が停まっていました。
スーツ姿のサラリーマンでごった返す新橋を通過し、東京に到着。サンライズにもお別れを告げ、一路新幹線ホームへ。特急券代をケチりたかったのと、寝落ち対策で、(宿毛駅で買った自由席特急券を使い)仙台が終着のやまびこ125号に乗車しました。東京駅では指定席が満席になっていましたが、そもそもこの列車、1~7号車が自由席なので、指定席って8号車と10号車しかないんですよね…。私は2号車に乗車しました。大宮―宇都宮以外はほぼ空気輸送でした。そりゃあはやぶさに計2回抜かれりゃあね…

 そして、仙台(=現実)に引き戻されました。それにしても、東京―福島をE2で通るの久しぶりだったなぁ…(いつもは米沢までつばさなので)
IMG_4352.jpg


 そして、そのまま地下鉄で青葉山へ。さらに、2限の授業にシュゥゥゥーッ!!超!エキサイティン!!

 というわけで、高知県の宿毛から宮城県の仙台まで、エクストリーム通学(移動時間約25時間、移動距離1400kmくらい)完遂。あれ、これ通学じゃなくて旅行だよな?→タイトル回収

 …さすがに2限終了後帰りました。

〜完〜


 そういえば、今回、経路を書き忘れていたのでここで書かせていただきます。結局徳島線だけ乗れなかった…orz

1月6日
自宅<仙台市営バス70系統>川内駅<仙台市地下鉄東西線>仙台<東北新幹線はやぶさ34号>東京<寝台特急サンライズ瀬戸>

1月7日
<寝台特急サンライズ瀬戸>琴平<特急南風3号>後免<土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線>安芸<土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線>奈半利<高知東部交通>室戸岬<高知東部交通>甲浦駅<阿佐海岸鉄道阿佐東線>海部<牟岐線>牟岐<特急むろと6号>徳島<特急うずしお26号>高松

1月8日
高松<特急うずしお6号>宇多津<特急しおかぜ5号>松山<特急宇和海15号>宇和島<四国新幹線予土線>窪川<特急南風13号>宿毛
1月9日
宿毛<特急南風12号>児島<快速マリンライナー33号>高松<特急うずしお15号>勝瑞<鳴門線>鳴門<鳴門線>池谷<特急うずしお17号>徳島<高徳・鳴門線>鳴門<鳴門・高徳線>徳島<特急うずしお28号>高松<寝台特急サンライズ瀬戸>

1月10日
<寝台特急サンライズ瀬戸>東京<東北新幹線やまびこ125号>仙台<仙台市地下鉄東西線>青葉山<仙台市地下鉄東西線>川内<仙台市営バス70系統>自宅
posted by TRFC at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年02月07日

新春四国旅行 File.2(四国新幹線)

 みなさんこんばんは、キハ52です。前回の記事の続きです。

 目を覚ますと、高松の天気は雨。宿を出て、途中のすき家で朝食をとり、高松駅へ。松山へ向かうには、ここからいしづちに乗ればよいのですが、グリーン車が付いているのは、岡山から来て多度津で連結するしおかぜのほう。多度津駅で6号車の自由席から1号車のグリーン車まで一気に移動するのも大変だと感じたので、いしづちが出る7分ほど前に発車する、岡山行きのうずしお号に乗車しました。うずしお号は基本的に高松―徳島の運転ですが、2往復のみ徳島―岡山の運用があります。この運用は、日本で唯一、スイッチバックを2回(高松と多度津)行う特急列車だそうです。ああ、青森と五稜郭でスイッチバックしていたトワイライトエクスプレスが懐かしい…。
 私が乗車したのは高松―多度津。つまり、逆方向に動く区間。逆方向に動くのはこのわずかな区間だけなので、誰一人として座席を回転させません。大人しく南風リレー乗ればよかった…。
 相変わらず雨が降る中、多度津に到着。うずしお号はここで南風号と連結して8連となり、岡山へ向かいます。どうやら端岡か鴨川で抜いたと思われる普通列車が到着。6000系でした(6000系については、当会ブログ「パンダフェイスと呼ばれた電車」をご覧ください)。

 いよいよしおかぜ号が到着。グリーン車に乗り込むと、ちょうどこの日の琴平延長を終えて回送されてきたサンライズ瀬戸がやって来ました。
IMG_4064.jpg
 

 鳥越トンネルを越え、愛媛県に突入。愛媛に来るのは2014年の夏合宿以来でしょうか。かつて7000系電車と121系電車を乗り継いで4時間以上かかった道のりを、約2時間で走破します。特急ってすごい(白目)
 というわけで、松山に到着。市電の未乗区間に乗ろうと思って時刻を検索した結果、次に乗る宇和海に間に合わなそうなので断念。とりあえず、大手町の平面交差を観察して、駅に戻り、昼食をとりました。
IMG_4075.jpg
IMG_4078.jpg


 松山から特急宇和海に乗り、一路宇和島へ。速達優先なので、有名な下灘駅は経由しません。宇和島に到着し、ここからが本日のメイン。

\デェェェェェェェェェェェン/
IMG_4109.jpg


 松山駅には「四国新幹線を実現させよう!」というポスターがありましたが、何言ってんの、もうあるじゃないですか(ゲス顔)
 車内の鉄道模型は、脱線しないよう車輪とレールが接着剤でくっつけられていました。その中のサンライズの方向幕は、「特急サンライズ瀬戸 高松・琴平」になっていました。
 まだ18きっぷシーズンだったこともあり、同業者の方もちらほら。いままでほとんど特急での移動だったので気にしていなかったのですが、予土線には特急が走っていないので仕方なし。ちなみに予土線、JR四国最大の赤字路線ですが、営業係数は400ほど。これはさすがに意外でした。
IMG_4155.jpg
四国新幹線車内


 ところで、予土線には「半家(はげ)」という駅があります。この駅に着いた瞬間、乗客がみんな一斉に駅名標を撮りだしました。
 仙台では17時には真っ暗になる時期ですが、西の方に来たので日没は遅く、17時20分ごろでも十分明るい、という状態でした。しかし、さすがに窪川に着いた17時50分ごろは真っ暗になっていました。
 窪川から、宿毛行きの特急南風号に乗車。岡山を14時5分に出て、宿毛に19時4分に着く四国最長運用の列車です(四国から出とるがな)。
IMG_4161.jpg
IMG_4166.jpg


 土佐くろしお鉄道の窪川―宿毛は、窪川―中村が中村線、中村―宿毛が宿毛線となっていて、阿佐線と違い、特急が走り、最高速度も120km/hになっています。要するに、速い…。
 宿毛駅に到着。乗ってきた車両は、折り返し特急あしずり高知行きとなり、高知で特急しまんとに乗り換えれば高松に23時半ごろに着けますが、さすがにそこまではやらず、宿毛で宿泊。宿毛駅前で夕食をとり、ホテルへ。留萌本線の一部廃止で「半家→増毛」はできなくなりましたが、「半家→宿毛」はまだまだ可能ですから諦めないでください!(何をだww)

 この日もホテルで課題と製図を、と思ったのですが、再び鋼の錬金術師の一挙放送を見た後、長門有希ちゃんの消失を見てしまったので進捗は授業の課題で出たプリント1枚…。6セメに入ってからクズ度倍増してますね??

〜続く〜

※予土線の「四国新幹線」の正式名称は「鉄道ホビートレイン」(キハ32‐3)ですのでお間違え無く。




\わぁいうずしお あかりうずしお大好き/
IMG_4007.jpg


posted by TRFC at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

新春四国旅行 File.1(琴平サンライズと室戸岬)

 みなさんこんばんは、テスト前に「銀魂」と「長門有希ちゃんの消失」を一気買いしてしまい、テストが爆死したんだかしてないんだかすらよくわからないキハ52です。
 公式Twitterのほうで出すのを忘れていた気がするのでこの場を借りて報告しますと、2017年春合宿の合宿地は「出雲市」になりました。みなさんどのようなルートで来るのか楽しみですね(仙台と出雲市の間に北海道があると意味不明なことを供述している会員もいるとか…)。
 さて、合宿地が出雲市に決まった約30分後、私がいたのは、東北新幹線はやぶさ号東京行の車内。新函館北斗から来る、上野通過の最速達列車です。なぜ新幹線に乗っているかといいますと、東京22時発のサンライズ瀬戸に乗るためです。

 東京駅に到着。サンライズ瀬戸はノビノビ座席を取っていたのですが、個室が諦められず、開いているみどりの窓口へ。おそるおそる聞いてみると、シングルツインの喫煙室であれば空いているとのこと。すかさず確保していただき、さらに、ちゃっかり行先変更もしていただきました。やったぜ。
 「行先変更?」と疑問に思った方もいらっしゃるでしょう。実は、東京駅に着く直前まで、「サンライズ瀬戸の琴平延長運転」のことを忘れて、東京―高松で取っていたんです。しかし、やはりこういう列車は始↑発↓から終↑点↓まで乗らなければ。ということで、東京―琴平に変更しました。

IMG_3836.jpg


 22時ちょうど、サンライズ瀬戸・高松、琴平行とサンライズ出雲・出雲市行が発車しました。さっき合宿地が出雲市になったばかりなのに、出雲市行の列車にくっついている方に乗っているとは何かの縁か。ここで、「シングルツイン」について説明させていただきます。一部の車両の車端にある個室で、基本的に1人用個室ですが、ベッドが2段あり、追加料金を払えば2人での利用も可能、というものです。一人利用の場合、寝台料金はシングルの料金+2000円ほどです。私の場合は連れなどいません(当たり前だよなぁ)ので、一人でのびのびと使わせていただきました。

IMG_4324.jpg


 茅ヶ崎、熱海、沼津、浜松…と通過していき(沼津を越えたあたりで寝ました)、目を覚ますと岡山。時刻は6時30分を回っていますが、西の方に来たのでまだ日が昇っていません。そのまま瀬戸大橋線に入り、瀬戸大橋から日の出を見れるかと期待したのですが、まだ早い時間だったようで、明るくなっている東の空が見えるだけでした。四国に入り、間もなく高松、というところで、やっと朝陽が姿を現しました。
 ちなみに、このとき、TJライナー氏が北海道にいたため、当会のB4機知が両者とも本州にいないという事態になっていました。
 高松で30分弱停車するので、この間に朝食を購入。このあと、サンライズ瀬戸は予讃線から土讃線に直通して琴平まで向かうわけですが、高松停車中の電光掲示板がこちら。(「琴平・高知方面」に注目)
IMG_3891.jpg


 おわかりいただけただろうか。「特急サンライズ瀬戸 7:54 琴平」の文字がないことに。
 種を明かすと、このサンライズ瀬戸の琴平延長運転、延長区間である高松―琴平のみの乗車はできないことになっているんです。そのため、発車案内は不要ということでしょう。
 朝に上り2本しかない、7両編成のマリンライナーを見送ると、ついにサンライズ瀬戸は延長運転の区間へ(といっても、坂出までは元来た道を戻っているだけですが)。多度津から土讃線に入り、終点、琴平へ。土讃線の電化区間では、直接吊架式と呼ばれる、路面電車に多く使われる低コストの架線が使われています(鉄道写真で一番見るのは弥彦線の吉田―弥彦の写真でしょうか)。一方、サンライズエクスプレスは車内設備が豪華な分、大量の電気を消費します。このため、サンライズ瀬戸が走っているときに他に普通電車を走らせると変電所がやられる可能性があるため、この時間の普通列車は、気動車が代走します。
 
IMG_3916.jpg
サンライズ瀬戸。琴平駅にて


 琴平駅で下車。ここで唐突なお知らせです。私は2017年1月で、22歳になりました。え?お前は何を言っているんだって?実はこれが、私が四国まで来た理由なのです。JR四国では、「バースデイきっぷ」というものを発売しています。誕生月に使用できる切符で、効力は「JR四国全線、土佐くろしお鉄道全線の特急を含む自由席、指定席、グリーン車と一部のバス路線」、3日間有効で10280円です。詳しくはJR四国のホームページでご確認ください。
 というわけで、琴平駅の窓口で免許証を提示して購入し、早速南風のグリーン車に乗車。来た車両は、あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん…と言いたくなるようなアンパンマンの痛電ラッピング列車。地味にグリーン車にコンセントが付いてました。
 行先は中村ですが、後免で下車。終点まで乗らないで後免なさいm(_ _)m
 ここで土佐くろしお鉄道に乗り換え。安芸でさらに乗り換えて、一路奈半利へ。鉄建公団路線らしい高架線とパイプの手すりが延々と続くさまは、普通列車だけでは物足りないくらいでした。土佐くろしお鉄道の後免―奈半利は、「ごめん・なはり線」と呼ばれていますが、正式名称は「阿佐線」といい、名前の由来は「波と土」。つまり、徳島県と高知県を室戸市を経由して繋ぐ路線の一部になる予定でした。しかし、阿佐線は奈半利駅で終点、ここから阿佐線の徳島側である阿佐東線(阿佐海岸鉄道)の甲浦(注:甲浦駅の所在地は高知県)までは、高知東部交通のバスが出ています。

 私もこのバスに乗り、室戸岬へ。かつて地理の教科書で見た海岸段丘が生で見られるとは。ちなみに、サンライズ瀬戸を高松で降りていれば、徳島でうずしおとむろとを乗り継いで東回りで来て、2時間ほど滞在できる予定でしたが、琴平まで行ったために滞在時間が30分になってしまいました。急ぎ足で散策し、仕上げに展望台に登って、室戸岬観光は終了。もうちょっとゆっくりしたかった…
IMG_3959.jpg
IMG_3960.jpg


 甲浦から乗車したのは、高千穂鉄道から移籍した車両でした。正直キハ120にしか見えない…
車内には、蛍光灯の代わりに電飾が施されているので、トンネルに入ると車内はこうなります。
IMG_3972.jpg


IMG_3969.jpg
阿佐海岸鉄道。高千穂鉄道からの譲渡車


 室戸岬、そして奈半利へとつながるはずだった線路を後に、2駅先の海部へ。3駅しかない小さな第三セクター鉄道ですが、この間に徳島県と高知県の県境があるため、定期利用者もそうそういないと推測されます。要するに、赤字額が心配です。…と思って営業係数を調査した結果、営業係数は900ほど。これでも十分ヤバい数値のはずなんですが、12月に廃止された留萌本線の増毛―留萌の営業係数が4000超えだったことを知っている身としてはいまいちヤバさが伝わってこない…。というかマジで大丈夫かJR北海道。雪か?除雪費用のせいなのか??

 牟岐で始発の特急むろとに乗り換えました。キハ185はかつて普通列車用の3100番台に乗車したことがありますが、特急用のキハ185系には初乗車でした。驚いたのが、四国特急の折り返し時間の短さ。よく、東京駅での新幹線12分折り返しが話題になりますが、こちらは折り返しに10分もかからないという手際の良さ(というかダイヤのかつかつさ)。新幹線と違って編成が2、3両であるということに突っ込んではいけない(戒め)。
 徳島到着後、この列車は折り返し「特急ホームエクスプレス阿南」として阿南まで運転されます。このホームエクスプレス阿南、日本で一番営業距離が短い特急だそうです。
 夕方だけあって、使用される車両は王道を往くキハ40系列までフル稼働。乗りたい衝動を抑えながら、高松行の特急うずしおに乗車し、高松へ。
気になったのが、高校生が割と特急に乗っていたこと。あとで調べた結果、四国内の特急は定期券と自由席特急券で乗れるうえ、25km以内なら自由席特急料金が320円ということで、短距離の利用が多いそうです。
 高松に到着したのですが、讃岐うどんの店は昼間だけの営業が多く、駅前に天一が目に入ったのでそちらへ。香川まで来て何やってんだ…

 高松で宿入りし、製図の課題を片付けよう…と思ったのですが、AbemaTVで丁度やっていた鋼の錬金術師の一挙放送を見てしまい、進捗0で就寝。翌朝まで目が覚めることはありませんでしたとさ。

〜続く〜


\むぎゅうううううううううううう/
IMG_3986.jpg

posted by TRFC at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2017年01月18日

「パンダフェイス」と呼ばれた電車たち(修正版)

 みなさんこんばんは、連休明けは高知県の宿毛から24時間かけてエクストリーム通学したキハ52です。以前あげたこの記事、いくつか修正点がありましたので修正させていただきました(特に6000系の写真がひどかったので…)。

(以下、本編)
 タイトルを見ただけでは、「??」と思われたでしょう。では次に、こちらの写真をご覧ください。

IMG_3486.jpg

 仙台地区の代表的な近郊電車の一つ、719系です。残念ながら、E721系1000番台の導入開始に伴い、廃車が始まってしまいました。
 ここで、もし、ご覧になっている方が北九州周辺、水戸周辺、東海道本線沿線、宇都宮・高崎線沿線、高松地区、JR東海の電化区間周辺在住の方であれば、「おや?」と思われた方がいると思います。実は、全国には、719系と同じような顔をした電車がいくつか走っているのです。これらの車両は、国鉄末期からJR黎明期にデビューしたもので、登場時は珍しかった、前面の白い部分(材質を忘れてしまいました(汗))と運転台周りの黒い塗装から、一部の鉄道ファンから「パンダフェイス」と呼ばれています。
 今回は、全国に散らばる「パンダフェイス」の車両を簡潔にご紹介します。

JR北海道
該当車なし

JR東日本
・719系0番台(上の写真参照。利府駅で撮影)
 現在の運用区間:東北本線(一ノ関―黒磯)、磐越西線(郡山―喜多方)、常磐線(岩沼―浜吉田)
 過去の運用区間:仙山線(2013年まで)、奥羽本線(羽前千歳―米沢?)(羽前千歳―山形は仙山線乗り入れ終了まで、山形以南は山形新幹線開業前にわずかに実績あり)

・719系5000番台
写真(雅) 296.jpg
福島駅で撮影


 719系の標準軌バージョン。新幹線が同じ線路上を走る関係からか、最高速度が0番台よりも10km/h速い110km/hとなっています。車内の座席配置は基本的に0番台と同じですが、6編成のみワンマン運転対応車があり、これらは運転席後ろの座席が撤去されています。
 現在の運用区間:奥羽本線(福島―新庄)※ワンマン運転は米沢―新庄のみ。

719系については、当会公式サイトの「仙台近郊の鉄道車両」もご覧ください。

・719系700番台(フルーティア)
IMG_1800.jpg
会津若松駅で撮影

 
 びゅうの旅行商品限定で乗車することができる車両。基本的な運用は磐越西線の会津若松―郡山ですが、最近は東北本線でも走っているようです。

※簡単な719系の情報
対応電源:交流20000V・50Hz
集電装置:菱形パンタグラフ(0番台の一部)、シングルアームパンタグラフ(0番台の一部、700番台、5000番台全車)、下枠交差パンタグラフ(パンタグラフ換装前の5000番台)
車内:セミクロスシート(集団見合い式)
行先表示器:幕(前面)、3色LED(側面)

・415系1500番台
写真(雅) 2037.jpg
小山駅で撮影


 主に水戸周辺で運用されていた電車です。719系は2両1編成でしたが、こちらは4両1編成となっています。2016年3月の改正で運用がなくなってしまいました。末期は、水戸線、常磐線の原ノ町―土浦で運用され、4連、または2編成繋いだ8連で運転されていました。また、國鐵廣嶋でもないのに前面幕が白幕のまま運転されていました。水戸線、常磐線にはともにデッドセクションがあるため、交直両用車となっています。719系では助士側の前面窓が大きくとられているため、運転室の後ろの座席に座って前面展望が楽しめましたが、本形式では楽しむことができません。
 まだE531系が走っていなかった時代は、当時走っていた415系0番台(鋼製車体で、見た目は1500番台と異なり、115系のような顔つき)の基本編成(7連)、付属編成(4連)などと組み、7+4の11連や7+4+4の15連で上野まで運転されていました。また、2階建て車両の試作車として改造を受け、1900番台を名乗った車両もいます。

※415系1500番台の簡単な情報
対応電源:直流1500V、交流20000V・50Hz、交流20000V・60Hz(一部の車両のみ)
集電装置:菱形パンタグラフ
車内:ロングシート
行先表示器:幕(ただし、前面は白幕のまま運用)

・211系(0番台、1000番台、3000番台)*首都圏地区

P1020343.jpg
那須塩原駅で撮影


 最近まで東海道本線、宇都宮線、高崎線で運用されていた車両です。0番台が東海道本線、1000番台・3000番台が宇都宮線、高崎線で運用されていました。基本編成は5連と10連でしたが、1000番台、3000番台は将来、短編成化を行って3連で運用できるよう、先頭車の1両が電動車になっていました。その関係で、グリーン車が連結されることになった際は、先頭車でグリーン車をサンドイッチするという組成が見られました。
 一部の車両は長野地区に転属(後述)、高崎地区の115系置き換えに回されていますが、現在も疎開されている車両がいるため、JR東日本管内のあちこちの車両基地で見ることができます。(直近では、11月の時点で福島駅にまだいました。)
 余談ですが、筆者は子供の頃、TOMIXのカタログで見た211系の3000番台を、山形線の車両(もちろん実際走っているのは719系です)だと本気で思っていました。

・211系(0番台、1000番台、2000番台、3000番台)*長野地区
 P1090634.jpg
長野駅で撮影


 先述の通り、1000番台と3000番台は3両に短編成化の上、長野地区の115系を置き換えました。車内設備と両数によって、番台が区分されています。0番台と2000番台は6連です。この車両の長野導入と同時期に北陸新幹線が開業し、長野―直江津が三セク化されたためか、長野色の115系の走行実績のある路線のうち同区間には乗り入れていません。

運用区間:中央本線(立川―塩尻)、篠ノ井線、信越本線(篠ノ井―長野)、飯田線(辰野―飯田)など

※211系の簡単な情報
対応電源:直流1500V
集電装置:シングルアームパンタグラフ、菱形パンタグラフ(換装前)
車内:セミクロスシート(0番台、1000番台)、ロングシート(2000番台、3000番台)
行先表示器:LED or 幕(車両により異なる。前面幕には種別のみが表示される。)


JR東海
・211系(0番台、5000番台、6000番台)
P1080509.jpg
熱海駅で撮影


 おそらく、18きっぷで東京から静岡方面に向かったことがある方の中には、「この野郎」と思った方もいらっしゃるかと思います。15両編成の列車から乗り換えたら、3両しかないうえにトイレがないという経験をされた方、いらっしゃいますよね?
 JR東海の211系は、国鉄末期に造られた0番台、JR化後に造られた5000番台、6000番台がいます。このうち、6000番台のみ、後述の213系の足回りを用いて1M方式となっています(211系は2M方式)。0番台を除き、助士側の前面窓が大きいため、運転室の後ろに座って前面展望を見ることが可能です。中央本線では、33-43+3+4などの編成を組み、最長10連で運転されています。
 0番台は4連、5000番台は3連または4連、6000番台は2連を組んでいます。東海道本線(豊橋―熱海)、御殿場線、中央本線では、313系との混結運用があります。

運用区間:東海道本線(熱海―豊橋)、関西本線(名古屋―亀山)※0番台、中央本線(名古屋―中津川)、御殿場線など

※211系の簡単な情報
集電装置:シングルアームパンタグラフ
車内:セミクロスシート(0番台)、ロングシート(5000番台、6000番台)

・213系5000番台
IMG_0291.jpg
豊橋駅で撮影


 え?211系じゃないかって?違います。見た目はそっくりですが、211系が3扉なのに対し、こちらは2扉となっています。また、211系は2Mでしたが、こちらは1Mとなっています。かつては関西本線で運用されていましたが、2扉車では関西本線の混雑をさばききれなかったため、飯田線の119系の置き換えに回され、現在に至ります。もちろん、飯田線の例の運用、豊橋発上諏訪行きもあります。

※213系の簡単な情報
対応電源:直流1500V
集電装置:シングルアームパンタグラフ
車内:転換クロスシート
行先表示器:幕

JR西日本
・213系0番台
 
IMG_0756.jpg
播州赤穂駅で撮影


 こちらは0番台です。もともとは瀬戸大橋線の快速マリンライナー用の車両でしたが、こちらも混雑に対応できなくなったため引退し、現在は宇野線、伯備線、赤穂線、山陽本線(岡山地区)で運転されています。もともと1M2Tの3両編成でしたが、一部の車両は1M1Tの2両編成に組み替えられ、ワンマン改造が行われました。このとき先頭車改造を施された車両は、前面がオリジナルと異なります。
 マリンライナーからは撤退しましたが、現在のマリンライナー用の車両が故障するとごく稀に代走でマリンライナーとして走るようです。

※213系の簡単な情報
対応電源:直流1500V
集電装置:菱形パンタグラフ
車内:転換クロスシート
行先表示器:LED

JR四国
・6000系
IMG_4038.jpg
宇多津駅で撮影


 JR四国の実情に合わせていろいろな技術・構造をごちゃ混ぜにして造られた車両で、3両1編成を組んでいます。2編成しか在籍していないため、出会えたらそこそこラッキーかもしれません。他の車両と違い、運転席後ろの扉が片開き、それ以外が両開きという、変わった扉配置をしています。また、側面窓は、213系と同様の形状となっています。2016年3月の改正から、瀬戸大橋線での運用が復活したので、岡山駅でも見ることができます。基本的には高松地区での運用ですが、香川県と愛媛県の県境にある鳥越トンネルの通過にも対応しており、愛媛県の伊予西条駅まで運用があります(※鳥越トンネルは中央本線のトンネルよりも断面が狭いため、通常の電車は通過できない)。ちなみにこの車両、今回紹介した車両の中で唯一、制御装置にVVVF制御(GTOサイリスタ素子)を用いているため、本稿で紹介している他形式と走行音が異なります。2編成しかおらず、予備車がないため、代走にはJR四国の7000系が使用されます。

運用区間:予讃線(高松―伊予西条)、土讃線(多度津―琴平)、瀬戸大橋線

※6000系の簡単な情報
対応電源:直流1500V
集電装置:菱形パンタグラフ(2基搭載)
車内:転換クロスシート
行先表示器:幕

JR九州
・415系1500番台
IMG_2379.jpg
下関駅で撮影


 415系のJR九州バージョンです。中には、JR東日本から譲渡された編成もあります。帯色は、JR東日本は紺色だったのに対し、こっちは水色となり、帯に赤いJRマークが付けられています。主に北九州地区と、関門トンネルを通る列車に使用されています。朝ラッシュには、4両編成を3本つないだ12両編成で運転されますが、鋼製車体の0番台と共通運用のため、12両全てが1500番台となるのはごく稀だそうです。JR東日本車は前面幕が白幕で運転されていましたが、こちらはきちんと行先が表示されます。


 いかがでしたか?私個人としては、国鉄の車両設計統一時代から、JR各社の個性ある車両の時代の過渡期であったことを外装、内装から感じます。
 全国を回って、この「パンダフェイス」をめぐる旅に出てみてはいかがでしょうか。
―了―
posted by TRFC at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2016年12月15日

冬の津軽(2日目 新・北上ルートと人間失格)

 みなさんこんばんは、キハ52です。ただいま絶賛現実逃避中のため連投になりますがお許しください!

 朝になりました。ホテルから見た弘前市内はこんな感じ。
IMG_3599.jpg


 ホテルの朝食はバイキング形式でした。特筆すべきは、デザートとしてりんごが用意されており、そのうえ飲み物としてりんごジュースが用意されていたこと。さすが青森…。

 この日の旅も弘前駅ではなく中央弘前駅から。昨日は暗かったので、明るい時間帯にも乗車しようと思いました。いつ廃線になるかわからないし

IMG_3553.jpg
中央弘前駅で発車を待つ大鰐線の列車。


 大鰐駅に到着。駅の周りを散策したのですが、私が外を歩いているときに限って大粒の雪が降って来ました。…私何か悪いことした??幸い、新雪が降り積もった道は地元で歩きなれているので無事駅まで戻れました。大鰐温泉から乗車した701系の車番を確認すると、「クモハ701-104」。数少ない100番台車でした。といっても、正直0番台と100番台の違いが判りません。この続番である、「クモハ701-105」、「クモハ701-106」(とクハ700)は現在仙台に所属しています。仙台であれば、貫通扉が塗られていないのはこの2編成だけなので容易に判別がつきますが、秋田は全ての701系の貫通扉が塗装されていないため、車番か編成番号を確認しないと私は判別できません。

 明らかに昨日より積雪量が増えている弘前から弘南鉄道の弘南線に乗り換え、終点の黒石へ。
IMG_3601.jpg

 黒石駅は、駅舎よりも隣接するcoopの方がでかいという駅でした。弘前までバスで戻ってもよかったのですが、この雪道では定時性もクソもないので、大人しく電車で戻ることに。かつてはここから川部まで、国鉄黒石線(のちの弘南鉄道黒石線)が出ていたのですが、1998年に廃止されました。
 弘南線には途中に「田舎館」という、どう考えても田舎な駅があり、所在地も青森県田舎館村で、名前通り田舎なんだな…と思ってはいけません。田舎館駅自体も交換設備が常に使われている駅であり、また、奥羽本線と五能線(と黒石線)が接続するJR川部駅も田舎館村が所在地となっています。

 若干吹雪く中弘前に戻り、昼食。再び煮干しラーメン。そして、昨日と同じスジの五能線に乗車します。ただ、日曜だったので中線に貨物列車が停車しておらず、反対ホームのリゾートしらかみをじっくり撮れました。五所川原に着き、津軽鉄道のホームへ。ここから乗車する列車のも昨日と同じ。
 では、前回伏せていた「特筆すべき点」とは何か。まず、このストーブ列車、夏用のダイヤと比較すればわかりますが、定期列車のスジを使って運転されています。正確には、車両性能の関係でダイヤは変わっていますが、「ストーブ列車の本数+定期普通列車の本数=夏場の定期普通列車の本数」というわけです。ストーブ列車に乗車するには400円のストーブ列車券が必要です。では一般客はどうするのか。〇薩線のように7席しかない「地元優先席」に座らされるのか?〇羽東線や〇山線のようにただ普通列車のスジが潰されているのか?いいえ違います。
 ちゃんと普通列車用の車両が連結されています。ストーブ列車の客車の後ろに。
 なお、津軽中里行きの場合、機関車+客車+気動車(普通列車用の車両)、津軽五所川原行きの場合は、機関車+気動車+客車となっています。しかも気動車は走行時エンジンが唸っていたのでおそらく協調運転しているものと思われます。で、この気動車が今回の旅のメインでした。それがこちら。
IMG_3548.jpg


 え?ただのNDCじゃないか?ヘッドマークをよく見てみましょう。
IMG_3565.jpg


 本来であれば、ここには「走れメロス」と書かれているのですが、12月3日~11日の9日間、今期放送しているアニメ「文豪ストレイドッグス」のコラボ列車、「人間失格号」として運転されています。なお、昼間に運用されているもう1本の普通列車はヘッドマークと車内がクリスマス仕様になっているので、昼間「走れメロス」ヘッドマークの車両は走っていませんでした。「人間失格号」も「走れメロス号」も、由来は言わずもがな沿線・金木出身の文豪、太宰治の作品から。アニメとのコラボとのことで、車内はこんな感じです。
IMG_3553.jpg
IMG_3701.jpg

※「文豪ストレイドッグス」をご存じない方のために説明しますと、写真の彼が作中に登場する太宰治(cv.宮野真守)です。で、なぜ列車名が同じ著作である「走れメロス」のままでなかったかといいますと、作中で彼が用いる異能力の名前が「人間失格」だからです。これ以上は同作をお読みください。


 それにしても、「走れメロス」と「人間失格」ってイメージとしてはベクトルが180度違う気がするのですが気のせいでしょうか?

 連結しているストーブ列車に合わせて徐行運転し、金木で下車。残念ながら、コラボ切符(550円)は売り切れとのこと。せっかく忘年会のプレゼント交換、500円相当の品だから丁度いいと思ったのに…(オイコラ)

 まず、太宰治の生家である斜陽館へ。金子みすゞ記念館といい、最近文系に走っているような…?さらに、五箇山で合掌造りの家を見学したので、和室ばかり見学しているような…。
IMG_3672.jpg
斜陽館。

 
 その後、向かいにある津軽三味線会館に行きましたが、時間の都合と、前にリゾートしらかみで特等席で生演奏を聴いたので、ここでは生演奏を聴くのは断念しました。
 さて、最後は斜陽館に行く途中で見つけた、「太宰治疎開の家」へ。本来は斜陽館の一部だった「津島家新座敷」を再現したものです。決して外から見えた津軽鉄道のNDCとストーブ列車の客車のNゲージが見えたから寄ったわけではありません。ええ、決して(大事なことなので2回言いました)。
 斜陽館からここまで、徒歩数分ですが、ここまで全て津島家(※太宰治の本名は津島修治)の屋敷だったとのこと。
 外は雪が降る中暗くなり始めており、見学者は私一人。何とも言えぬ和室と洋室のよい雰囲気の中、見学を終え、17時の閉館と同時に疎開の家を後にしました。
IMG_3683.jpg
駅までの道。この、誰もいない夜の道にしんしんと降り続く雪の中の静寂はたまりません。


 金木から津軽中里方面は津軽フリーパスが使えないので、駅の窓口で切符を購入。券売機なんてものはなく、窓口で硬券を購入。金木駅構内には腕木式信号機もあるし、一体いつの時代だ(褒め言葉)。
 この日で人間失格号の運転は終了。で、この車両が充当される津軽中里行きの列車もこれが最終。つまり、人間失格号の津軽中里行最終列車に乗車しました。先程は他にも乗客がいたので躊躇していたのですが、金木からは乗客が私一人、つまり貸切状態だったので、車内の写真は撮り放題。乗降の無いまま、終点、津軽中里へ。そして、ここから、北海道新幹線開業に伴い新設された新ルートに乗車します。弘南バスの奥津軽いまべつ駅行です。
IMG_3716.jpg

 ルートの途中には、携帯、スマホが圏外になる箇所もあり、わりと山あいを走っている感じでした。暗くて全然わからなかったけど。乗客は津軽鉄道に引き続き私一人。私がふらっと乗りに来ていなかったら乗客0と考えると、両路線の将来が心配です…。
 時刻表上では75分で結んでいますが、かなり余裕のあるダイヤらしく、50分ほどで何もない暗闇に浮かぶ光が見え、55分で奥津軽いまべつ駅に到着。
IMG_3719.jpg
 
 見ての通り駅は大きく、手前に津軽線の線路があるためか、切通ではなく盛土か築堤の上に線路があるにもかかわらず橋上駅舎。そのため、ホームへは長い階段かエレベーターを上がり、写真の通路を延々と歩いて線路を3本跨がなければなりません。
IMG_3730.jpg


 しかも売店がないので、買い物は隣接する津軽二股駅併設の道の駅で済ませなければならず、しかも弁当が売っていない…orz
 道の駅の売店は19時閉店ですが、津軽線の最終列車が19時35分ぐらいなので困る人はあまりいないと思います。
 奥津軽いまべつ駅に戻ると、自動放送が流れてきました。「本日もJR北海道をご利用いただき、ありがとうございます。(以下略)」。そういえばJR北海道の駅だった…。前身の津軽今別駅は無人駅だったので、本州でこの放送が聞けるのはこの駅が初めてになるのでしょうか。
 下り列車は降車客0人、ということはなく、きちんと下車客がいました。4人くらいだけど。上り列車も、私を含め数人が列車に乗り込みました。そのまま仙台まで乗車し、今回の旅は終わりとなりました。

IMG_3734.jpg
奥津軽いまべつ駅ホーム。正直ホームは狭い。整備新幹線の駅では基本的に通過線は作られないが、青函トンネルで異常があったときに列車が止められるよう、下り線にのみ通過線がある。



 いかがだったでしょうか。いつかきちんと新函館北斗まで乗りたいですね。北海道新幹線も空気輸送というわけではなく、結構乗客がいるようです。
posted by TRFC at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2016年12月14日

冬の津軽(1日目 津軽鉄道ストーブ列車)

 みなさんこんばんは、案の定実験レポートと製図に忙殺されているキハ52です。え?じゃあ何で今ブログを書いているのかって?君のような勘のいいガキは嫌いだよ。

 さて、去る12月10日、常磐線の浜吉田―相馬が復旧いたしました。当会会員も1番列車に乗った方が何人かいたようです。しかし、私は人混みが苦手なので、開業初日と最終日には極力乗らないことにしているので、原ノ町まで行くのは次の機会ということに。

 しかし、午前9時20分、私は仙台駅のホームに立っていました。原ノ町行きを見送り、そのあと立っていたのは新幹線ホーム。

IMG_3521.jpg


 というわけで、最速の下りはやぶさに乗り、北上。北上といっておきながら北上は最高速度で通過していきます。盛岡まで320km/hで飛ばし、盛岡からトンネルばかりで防音壁も高い整備新幹線区間へ。あのバカ高い防音壁って、防雪柵も兼ねているんですかね?それなら納得ですが。
 そして、八戸を通過。実は東北新幹線新青森開業の1か月後、八戸を通過する「はやて36号」に乗車しているので、八戸を新幹線で通過するのは2回目です。当時はまだE5系が営業運転を開始していなかったので、車両はE2、しかもこの日充当されたのは初期のJ編成でした。しかし、今となってはこの区間はごく一部の臨時を除き全てE5系。時の流れは恐ろしいですね。
 ここまでの流れで、行先が新函館北斗だと思った方、ハズレです。新幹線は新青森で下車し、弘前行の快速列車に乗り込みました。最速のはやぶさは下り2本、上り1本がありますが、上下各1本については新青森で弘前発着の快速列車と接続し、下り1本は新青森駅で秋田行きのつがると接続しています。なお、このつがる、川部駅を通過するせいで通過する時に川部駅に停車している深浦行の五能線に乗り換えられないことは公然の秘密です。
 弘前で昼食を調達し、前述の深浦行きの五能線に乗り込みます。入線してきたのはなんとキハ40の4連。今13時前なのに…。行先は深浦ですが、サボを見る限りうち2両は鰺ヶ沢で切り離すようです。川部発車時点では、ボックス席は1人以上いるという状態でした。
IMG_3538.jpg
 

 五所川原で下車し、津軽鉄道へ。ストーブ列車で津軽中里まで行きました。この列車、特筆すべき点がもう一つあるのですが、それは翌日のお楽しみ。
 土曜日ということもあって、満席になるかと思っていたのですが、思ったより乗客は少なく、乗務していたアテンダントの方に、ストーブに近い座席に誘導していただきました。ストーブから遠い座席と、西側の座席(2~30km先の日本海からの強風が津軽平野まで届くため)はかなり寒く、とても乗っていられる状態ではありませんでした。津軽中里で、線路終端と「あるもの」を確認してから、津軽五所川原行きのストーブ列車に乗車。五所川原で五能線に乗り換えて弘前に戻りました。
IMG_3650.jpg
ストーブ列車外観

IMG_3570.jpg
車内にあるストーブ。燃料は石炭。隙間風がすごいのときちんと煙突がついているため、一酸化炭素中毒の心配はない。乗車中はスルメを焼くのが定番(筆者はイカ類が苦手なため購入していません)


IMG_3571.jpg
車内



 さて、ホテルは弘前に取ったので、ここで終わり…ではありません。今回使用したのは津軽フリーパス、フリーパスです(大事なことなので2回言いました)。そして、取ったホテルの最寄り駅は弘前駅ではなく、中央弘前駅。ということで、弘前から中央弘前まで、歩かずに大鰐経由で移動してしまえ、と思い。奥羽本線の碇ヶ関行に乗車しました。

IMG_3586.jpg


 大鰐温泉駅で下車。碇ヶ関は大鰐温泉の2つ先の駅なので、大鰐温泉からの乗客は片手で数えられるほどしかいませんでした。大鰐温泉で弘南鉄道大鰐線に乗り換え、中央弘前へ。大鰐から乗ったのは私と女性1人。かつて1度廃線の話が出ただけに、この路線の将来が心配です。収入的な意味で。なお、今は冬なので関係ないのですが、弘南鉄道に所属している車両はなんと全車両が非冷房車。どうりで天井に違和感があったわけだ。
 中央弘前で下車し、夕食に選んだのはラーメン。津軽地方特有の、煮干しをだしに使ったラーメンをいただき、ホテルへ。1日目は終わりです。なお、青森県に入ってずっと、積雪の上を歩くことになりました。冬用の靴にして正解だった…
IMG_3590.jpg
大鰐駅にて(JRは大鰐温泉駅、弘南鉄道は大鰐駅)。

IMG_3591.jpg
車内。大鰐からの乗客はたったの2名であった。


画像が増えすぎるのでいったんここで終わりにします。
<次回に続く>
posted by TRFC at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2016年11月09日

冬の鉄道模型運転会情報!&夏合宿旅行記掲載スタート!


こんばんは、レインボーです。

東北大学祭からはや一週間が経過しました。早いものですね。
ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました!

「大学祭あおば」、記念きっぷに関しては準備していた分を全てお配りすることができました。
受け取っていただいた皆様、ありがとうございます。
また、「大学祭あおば」はpdf版を公式ホームページにて準備ができ次第公開しますのでお楽しみに!

さて今日の仙台では小雪がちらつく天気となり、冬の足音が聞こえていますが、夏の話題です。
当会の夏休みの恒例行事「夏合宿」。
これまでは公式ホームページの記事として各会員の旅行記を掲載していましたが、より多くの方に見ていただくため、こちらのブログで公開することとなりました。

夏合宿の開催地は「京都」でしたね。日本が世界に誇る観光地で、さらに「京都鉄道博物館」の開館で注目を集めた場所での合宿、それぞれどんな旅になったのでしょうか?お楽しみに!

私の写真を先取り公開…
CqcbGlJUIAATrRs.jpg

CqcByqZUEAAHx7J.jpg

CqgNtyRUIAAuN3U.jpg

当ブログの「TRFC2016京都合宿」タグにて公開予定です。


さてさてもう一つ話題があります。
12月17日、18日に冬の鉄道模型運転会の開催が決定しました!
日数の関係で大学祭で展示できなかったNゲージレイアウトを全て出します!
今年の一年生が作ってくれたセクションを組み込んでの初公開です!お楽しみに!

【イベント情報】
鉄道模型運転会
12月17日(土)10:00~17:00、18日(日)10:00~15:00
東北大学附属図書館 多目的室

※今回はプラレール巨大レイアウトの展示は行わない方針です。
小さなレイアウトやプラレールアドバンスの展示になります。※


寒い日が続きます。皆様も体調にはくれぐれもお気をつけください。

最後までお読みいただきありがとうございました。


posted by TRFC at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2016年11月08日

西公園のC60

 こんにちは、パシフィックです。先日西公園にある、C60形蒸気機関車とその周辺の整備が完了したので、見に行ってきました。

DSC_0112.JPG

 整備の終わったC60の様子です。周りの地面は蒸気機関車の向きを変える、転車台をモチーフとしています。
 さて、このC60形蒸気機関車ですが、実は日本で保存されているのはこの西公園の1号機ただ1両という貴重なものです。C60形は、東海道本線などで使用されていたC59形蒸気機関車を東北本線などに転用する目的で改造した機関車です。

DSC_0119.JPG

 運転台の下にはこのC60形1号機が、C59形27号機から昭和28年に浜松工場で改造されたことが記されています。余談ですが、この浜松工場は私の実家にほど近く、現在では新幹線車両の整備を行っています。

DSC_0121.JPG

 主な改造点は大きな動輪の後ろにある従輪という小さな車輪です。本来C59形では1軸だったこの従輪が、2軸に増やされています。このようにすることで、一つの車輪にかかる機関車の重量を分散し、より線路の弱い路線で走行することが可能になりました。

DSC_0116.JPG

 浜松工場で改造されたC60形1号機は東京の尾久に配置され、その後盛岡や青森に移り、東北本線の旅客列車牽引などで活躍しました。昭和43年には東北本線最後の蒸気機関車による定期旅客列車を牽引し、その翌年から西公園で静態保存されています。

DSC_0114.JPG

 今回の整備は西公園整備事業の一環として平成26年頃から行われていましたが、この度展示場所周辺とともにきれいな姿となって公開されました。東北の輸送を支えていた貴重な機関車です。この機会に西公園を訪れてみてはいかがでしょうか。
 最後までお読みいただきありがとうございました。
posted by TRFC at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2016年11月02日

さよなら銀色つばさ

 みなさんこんばんは、製図と実験レポートに忙殺される未来しか見えないキハ52です。今年度は諸事情により2日間のみとなってしまいましたが、学祭にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。もし、レイアウト上に「頭がおかしいくらい長い編成」(キハ40系列25両とか、機関車3両+客車30両+貨車1両(合計34両)とか、国鉄型気動車29両とか)が走っていたとしたら主犯は私ですw
 さて、今年の学祭、当会の展示も29日で終了してしまいましたが、もう一つ、この日で最後になったものがあります。それがこちら↓
P1040227.jpg

 え?どこかで見た画像だって?そう思った方は会員紹介のページへどうぞ。(注:筆者が撮影したものです)
2008年に製造されたE3系2000番台が消滅する…わけではありません。あくまでも、なくなったのはこの塗装です。末期は「銀色つばさ」と呼ばれていました。今回は、この塗装についてご紹介したいと思います。
 そこのあなた、なくなる前に記事書けよとか言わないでください。こっちも後悔してるんだから。


 時は今から17年前、1999年まで遡ります。1999年12月、山形新幹線は新庄まで延伸開業し、それまで使用していた400系12編成では編成が足りなくなってしまいました。しかし、1997年開業の秋田新幹線にはすでにE3系が走り、制御方式もVVVFの時代になっており、1992年製の400系ではすでに時代遅れとなっていました。そこで、秋田新幹線用のE3系を山形新幹線用にマイナーチェンジしたのがE3系1000番台です。「銀色つばさ」の塗装は、このとき初めてお披露目されました。
写真(雅) 2146.jpg

 当時は400系12編成に対してE3系1000番台は2編成しかいなかったため、山形新幹線でE3系、この塗装に出会える機会はそう多くありませんでした(E3系1000番台は3編成いますが、そのうちの1本、L53編成は多客対応で後に増備された編成です)。
 しばらくして、この塗装自体を見ることは容易にできるようになりました。なぜなら、400系の塗装が、E3系と同じ塗装に変更されたからです。しかし、新塗装はあくまでも「新塗装」と呼ばれ、当時は「銀色つばさ」と呼ばれることはありませんでした。理由は、400系の旧塗装をご覧いただければわかると思います。大変申し訳ありませんが、手元に400系旧塗装の画像(著作権フリー)がないので、気になる方はご自身でお調べください。
 で、400系はこのような塗装になりました。↓
写真(雅) 1004.jpg

 ちなみに塗装変更と同時にリニューアル工事も実施し、座席の色が自由席は赤紫、指定席は青緑に変更され、きれいになりました。山形県内で流れている「おしどりミルクケーキ」のCM、確かリニューアル工事前の車内が映っていた気がするのですが気のせいでしょうか…。
 さて、つばさのマークといえば…
IMG_3020.jpg

これですよね。遠くで485系つばさのヘッドマークを掲げている某氏が見える気がしますが気のせいでしょう。このマークも、銀色つばさの塗装になった時に新しく現れたものでした。ローマ字で堂々と「TSUBASA」と書かれていますが、間合い運用でなすのにも入っています。

 さて、時は流れ、2008年。老朽化した400系の置き換え用にE3系2000番台が製造されました。車内へのコンセントの設置、フルカラーLED化、前面のマイナーチェンジ、座席のシートピッチ変更(16、17号車のみ)などが行われましたが、塗装は従来のものを踏襲しました。
 2010年の400系全廃後も、特に変動がなく時間が流れてきましたが、2014年、転機が訪れます。
「つばさの塗装変更」
15年間にわたり親しまれてきた塗装は、塗装を改めるため消滅することが決定しました。塗装変更は全検入場の度というスローペースで行われたため、完全消滅までに2年かかりましたが、2016年10月29日、新庄―福島―仙台の団体臨時列車をもって完全に消滅しました。学祭中にもかかわらず、抜け出して最後の雄姿(?)を拝みに行った会員もいたようです。私は9月に東京に行ったとき東京駅で見たのでまあいいかと思ったのですが、その時の行先は「那須塩原」でした(察し)
 塗装変更に伴い、つばさのマークも消滅しました。実はこれで、車体に列車名を書いた新幹線車両はいなくなってしまったようです(Max、ひかりレールスターは愛称ということで。)
もっとも、間合い運用などで車体に書かれている列車名と違うことがあるのである意味親切になったといえそうですが(車体に「TSUBASA」→実際の列車名は「なすの」、車体に「こまち」→実際の列車名は「やまびこ」「はやて」「なすの」など)

 模型屋に行くと、銀色つばさのE3系2000番台のパッケージには「E3系2000番台(旧塗装)」の文字が。400系の頃は「新塗装」と呼ばれていたのに…(懐古厨乙)
 正直、私はつばさの新塗装があまり好きではなく、基本的に不評だと思っていました。しかし、この前、芋煮に行くために乗った仙山線で、新幹線車両基地祭りに行く家族連れと相席になり、たまたま並走した新塗装のつばさを「かっこいい」と言っていました。思い返してみれば、400系がデビューしたころは「東海道・山陽新幹線は白地に青帯(0系、100系)、東北・上越新幹線は白地に緑帯(200系)という時代。そのころにシルバーメタリックの400系が入ったように、山形新幹線の塗装は常に時代の先を行く、斬新なものなのかもしれません。
 400系、E3系1000番台、E3系2000番台と、山形新幹線を走ってきた歴代の形式すべてが経験したことのあるこの塗装は幕を閉じてしまいましたが、銀色つばさは皆さんの心の中と私が持っている鉄道模型で永遠に走り続けることでしょう。
 文章が長くなってしまいましたので、銀色つばさが写っている、私のお気に入りの一枚で今回はお別れとさせていただきます。ここまで駄文を読んでいただき、ありがとうございました。
写真(雅) 1205.jpg

2009年1月、米沢駅にて。営業運転を開始してひと月に満たないE3系2000番台と引退を2カ月後に控えた米坂線のキハ52が並んだ瞬間。

posted by TRFC at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記